(2)もふもふ?

「お、お前、どこから入ってきた? いや、冷静に考えろ、俺。普通に考えて、こんなアパートの二階なんかに、ウサギがわざわざ紛れて来たりしないだろ」


 一人暮らしをしているせいで、いつも考えていることを無意識に口に出してしまう壮は、動揺している時も同じだった。


「まさか、昨日見てたアプリの……?」


 スマートフォンを開けてみる。


『「もふもふ育成シュミレーションゲーム!」をインストールありがとうございます! さあ、何が来るかな?』


 アプリの画面を開くと、真っ先にそんなことが書かれていた。


「寝ボケて知らない間に入れてた? ……にしても、俺、猫ならいいかもって思ってたんだけど、なんでウサギ!? しかも、本物って……! 飼い方もわかんねーし」


 ふと振り返ると、クリーム色をしたウサギが部屋の隅にまで引っ込み、身体を震わせていた。

 アプリの説明書きを見ると、ウサギの場合は大きな声に驚いたり、初対面でジロジロ観察すると緊張する、とあった。


「……そっか、ウサギは耳が敏感なんだもんな。うっかり声デカくならないように気を付けよう……って、だからなんで本物!?」


 アプリの運営に問い合わせのメールに送る。


「だけど、アプリとこのウサギが無関係だったら思いっきり恥ずいし、ここにウサギがいる謎も深まるばかりだぜ」


 返事が来るまで気が気ではない。


 アパートの隣人にも尋ねるが、ウサギのことは知らなかった。


 もしかしたら、秀が持ってきたのかも知れない。

 LINEで「お前ウサギ連れてきた?」と尋ねると『は? 意味不。お前大丈夫?w』と即答された。


「親が送ってきた……わけねーし」


 念のため、清夏にも訊いてみる。


『なにそれ? 私がウサギなんか持ってくわけないでしょ? だいたい、あんたんち知らないし』


 ついでに、『彼氏に知られたくないから、壮のこと「友達」から削除していい? っていうかするから』と返ってきた。


「うう……」


 思わず泣きそうになる。


 ぽこーん


 アプリの通知音だった。


『お家のもふもふちゃんは元気かな? 粗相をしても怒らないで躾けてあげてね!』


「粗相……だと……?」


 さっ! と、ウサギを見ると、部屋の隅から窓のカーテンの下に身体を低くして座っていた。

 そして、元にいた場所には、小さい丸い粒が転がっていた。


「あっ! お前、何してんだよ!」


 ビクッとして、ウサギが縮こまった。


「そ、そうか、怒っちゃいけないんだったな」


 運営から返事が来る前に、まずは、トイレを買って躾けておこう。

 じゃないと、こっちが被害を被る。


 こわごわウサギのフンを片付けながら、駅の手前のショッピングモールにペットショップがあったことを思い出した。


 アプリは無料だが思わぬ出費だ。課金か。


 ぽこーん


『ウサギ系は骨が弱いから、特に抱っこの仕方には気を付けよう! 後は、もふもふちゃんをどう育ててあげたらいいか、自分で調べて考えてみよう!』


「えーっ、なんだよそれ! もう丸投げかよ! 何だこのクソゲー!」


 運営から返事は来ないが、壮は、やはりこのアプリとウサギが関係していると確信した。


 ペットショップでは、とりあえず、ウサギ用のトイレ一式と餌である牧草とペレットという固まった餌と、ウサギが身を隠しやすいような木で出来た箱のハウスを、店員に聞いて購入する。


 家に着くと、リビングでは、ウサギが前足をちょこんと揃えて、背を丸めてちょうど正面に座っていた。出迎えているように見え、壮は思わず微笑んでしまった。


 トイレを設置し、教えるために抱こうとウサギに手を伸ばすが、ぴょんぴょんと離れていくので、「いいか、ここがトイレだからな」と声だけかけた。


 ウサギは徐々に、興味津々に黒い瞳を輝かせ、ぴょこん、ぴょこんとゆっくり近付いていくと、しきりに匂いを嗅ぎながら、トイレ用の網に、そうっと、ふさふさの前足を踏み入れた。


「気に入ったか?」


 小さめの声で、壮は言った。


 トイレには、トイレとわかるよう、フンを処理した時の臭いが付いたティッシュを網の下に忍ばせておくとウサギにもわかりやすいと、店員に教わった。


 身を隠すものがないとウサギが落ち着かないだろうと思って買った木のハウスを置くと、しばらく警戒していたウサギは匂いを嗅いでいたが、そのうち、あごの下を擦り付け、丸い入り口から恐る恐る入っていった。


「とりあえず、気に入ったのかな?」


 壮は安心して、その場から離れた。


「あ、レポート忘れてた!」


 ブツブツ言いながら壮が座卓にかじりついていると、ピンと耳を立てたウサギが立ち上がった。


 ウサギは周りをうかがい、鼻とヒゲをヒクヒクさせながら、ぴょこ、ぴょこ……と、ゆっくり壮に近づいてきた。


 ふっと笑ってから、うさぎから手元に視線を戻し、壮はスマートフォンで検索しながら作業を続けた。

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