DDもふもふライフ!

かがみ透

(1)出会いは突然に

「なっ、……なにぃーっ!?」


 LINEの着信内容をくまなく読み直す。

 といっても、たった三文字だ。読み残しも、読み違えるはずもない。


『別れよ』


「なんで急に!?」


 そうは自分が思わず声に出していたテンションとは少し変えて打った。

 落ち着きを装いたかったのだ。「どんな時も俺は大人でしょ?」と訴えるために。


『なんで急に? 俺、何かやらかした?』


 彼女とは、つい先週の土曜日お台場で遊んだばかりで、自分に不満があるようなそんな風に思っている様子は微塵も感じられなかった。

 ……と、思う。

 ……が、自信がなくなってくる。


『もし何かやらかしてたなら言って。悪いところは直すから』


『壮には別に不満はないけど、K大生にコクられちゃって。もう返事しちゃったし』


 え? なに言ってんの、こいつ。

 俺というものがありながら、K大生なんかに「告られた」ってだけで?


『壮もさ、そこそこイケメンだけどさ、その人は誰が見てもイケメンなんだよ。しかもK大生! 合コンで話弾んじゃってさ』


 まあまあな大学の俺らよりもずっと頭が良くてしかもイケメン……

 K大ってことはお坊ちゃん……ってことは、イケメン王子様……


「女って、結局は、白馬のハイスペック・イケメン王子様を待ってるのかよ……」


 今後の就職も、進む道も提示された気がして、ショックは倍増だ。


 この先も付き合うことがあったとしても、結局はハイスペック王子に奪い取られていく暗示でもあった。


 トボトボと歩く夕焼けに照らされた河川敷では、キャッチボールをしている小学生くらいの男子たち、敷物を敷いて酒盛りでもしてるんだろうか、自分と年の近い暇そうな男たちもいる。


 空を見上げる。


 あたたかい色に染まっているその風景は今は物悲しく見える。うっすら下の方に見える紫色、あれが徐々に空を覆い尽くし、暗闇に染めてしまうのだ。


 その絶望━━壮は絶望と決めつけた━━を、アパートで一人で迎えなければならない。


 足を速める。涙がにじまないうちに部屋に戻らなくては!




「ちきしょー! 俺のいったいどこが不満だったんだよぉ! 清夏キヨカのヤツ! カオが王子じゃないからか? K大じゃないからか? 男の良さはそこで決まるのかよ!」


「……そうだったんじゃね?」


 アパートに呼びつけられたシュウは、缶ビールを開け、座卓には柿の種、するめ、コンビニで買ったキャベツの漬物、胡瓜のぬか漬け、ソーセージの盛り合わせを並べていった。


「うわっ! 何お前こんなに買ってきてんの?」

「安心しろよ、買ってきたのは漬物とソーセージだけだから。後は、家にあったのを持参した」

「……いいなぁ、地元は」


 壮は半額だけ払うと、冷蔵庫からペットボトルのオレンジジュースを出してきて、秀と乾杯した。


「そうか! 俺が飲めないからか! 清夏はハタチ過ぎてるからもう酒飲めるけど、俺は早生まれだから来年まで飲めないし! イケメン・ハイスペックK大王子は飲めるのか? くっそー、なんもかんも俺を上回ってんなー!」


 秀はビールを飲みながらテレビを点け、美少女アニメを見ていた。


「だからお前もさー、リアルなんかやめて二次元にしろよ。二次元は裏切らないんだぜ。しかも、リアルよりカワイイし」


 秀は高校の時、「好きな人が出来たから」とだけ言われ、三週間で別れた経験を持つ、今の壮の気持ちをわかってくれる貴重な友人だった。


 だが、そのアドバイスは壮には適しているとは言い難い。


「はあ、……癒されてぇな」


 胡座をかき、放心状態でジュースを一口飲んだ壮が、ポツンと呟いた。


「誰かに優しくされたい」

「うんうん、そうだな」


 秀が「あははは!」とテレビを見たまま声を上げて笑う。

 気がつくと、ソーセージは、壮が一口も食べないうちになくなっていた。


 秀が帰った後、食べ残しを片付けると、スマートフォンを開く。

 わかってはいたが、彼女からのLINEは来ていない。


 そのままなんとなくネットサーフィンをする。


 秀は、美少女を育成するゲームを勧めていたが、どうもその気は起こらない。

 一応、勧められたアプリを探してみるが、美少女が成長していき、可愛い服などを買うと喜ばれるというもので、バーチャルでもその反応は可愛らしかった。


 育成ゲーム系をスクロールして眺めていて、ふと指が止まる。


『もふもふ育成シュミレーションゲーム!』

『あなたの日常に癒しを! 何が来るかはお楽しみ。成長させると理想の姿になるよ!』


「って、理想の姿ってカノジョにでもなってくれるのかよ?」


 ふっと、乾いた笑いがこぼれる。


 リアルな動物イラストに目が留まる。


「絵は力入ってんなー」


 ああ、猫は可愛くていいな。小学生ん時、飼ってたしな。




 カーテンから差し込む光で目が覚めると、壮は床から身体を起こした。

 スマートフォンがそばに落ちている。


「ああ、寝落ちしたのか」


 服のままだ。床に横になっていたせいで、身体があちこち痛い。


 大きく伸びをし、欠伸をしてから、ハッとなった。


 そのまま、しばらく身動きも出来ずに、ラグの上にちょこんと座っているものを凝視する。


 その黒いつぶらな瞳と目が合った。


「……わぁっ!」


 壮の声に驚いたように、長い耳をピンと立てる。

 ちょこんと座っていたベージュの小動物は、ウサギであった!

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