第35話 怒りの空中機動

ヒロが生きているかどうかなどニールもハルももう考えられなかった。


あの爆発ではきっと一瞬で、生存は絶望的だと思っていた。


ただ、殺されたという事実を目の当たりにしながら、もう沈むしかなくなった船を眺めていた。



そしてニールは怒りを募らせた。


絶望に包まれていた心が沸き立つように怒りで満たされていく。


もう戦いへの躊躇いはなくなっていた。


「うおあああーー!!」


『お前が最初から戦っていればあの船は無事だった。戦わないお前がうだうだやっているから船員は死んだのだ』


「兄さんが撃ったんだろ!」


『どうせお前が戦わなければ全員死ぬ。私はその一端を実感させてやっただけだ』


「命を出汁に使わないとわからせられないのか!」


ニールはスロットル全開でカラスエムブレムを追う。


今までで一番のスピードで風を切る。


単にジェットエンジンの性能なのだろうか、それともニールの気迫なのだろうか、そのホワイトピジョンの凄みはまるで鬼神だった。



背後を取ったニールが躊躇いなく引き金を引いた。


放たれた砲弾はカラスエムブレムの真横を過ぎていく。


躊躇いはなくなったが今度は怒りで冷静さを欠いている。


勢いや我慢強さがあっても狙いは付かなかった。



それでも敵を追い回すだけの気迫は十分すぎた。


クリスがどれだけ鋭い軌道を取っても、どれだけ予測の付かない軌道を取っても、ニールは重力を感じないかのように操縦桿を切る。


ニールが少しでも後続から離れても、怒りに任せて強引な軌道を取って食いついていく。


常人なら機体のバランスを失いかねない無茶な操縦だったが、ニールは操縦不能の寸前まで制御しているのか、反動でバランスを取っているのか、機体の操縦をミスしない。


常軌を逸したマニューバは、物理法則さえも無視しているようにも見える。



ただ翼を変形させて空気の流れを変えて曲がったり、エンジン出力で加速したりエアブレーキで減速したり……そういった原理だけでなく、不可思議な力さえも利用して飛んでいるかのようだった。



そんな軌道で追い掛け回されて、ニールと同等……それ以上のパイロットだったクリスも防戦一方になった。


ただ攻撃の狙いに冷静さがないのが救いなだけで、特殊なマニューバで攻めに転じることもできなければ距離を取ることもできなかった。



止めはさせないのにどこまでも追い掛けてくる。


そんな攻めがいつまでも続けば、された側のパイロットとしては生き殺しされているだけの状況だったが、それでもクリスの口元には笑みが滲んでいた。


堪えるだけの時間がずっと続いているというのに楽しんでいるかのようだったのである。


『選ばれた者として目覚め始めたか』


「なんだって?」


『冷静さがなく精度の欠けた攻撃だが操縦技術は常人には至れない領域まで踏み込み始めている。それは神に認められ始めた証、神より与えられた力が備わり始めているのだ』


「世迷い言で惑わせるな!」


最早何も語るまい。


今のニールはそう決めてただ目の前にいる敵を倒すことだけを考えて飛んでいた。


今は亡きヒロのことが何度か脳裏を過ぎっていくがそれも怒りに変えるだけで頭から捨て去る。


頭は追うことだけを一点にし、怒りの感情を剥き出しにして飛んでいた。

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