第33話 選ばれし者
二人がまだ海底都市の地下を抜け出せないままオリーブは大木へ成長し、その海底都市さえも崩壊させた。
二人がまだ潜っているはずの地下も落盤によって潰れ、町の建物の下敷きとなった。
二人の姿はその数々の瓦礫の中へと消え、生存確率など絶望的レベルへと消えていった。
さらにオリーブは幹を太らせ枝を伸ばし、遂に海をも越えて空にも根を回し始めた。
海上のクレーン船にいたヒロも見上げるほどの大きさになり、雲にも届きそうなサイズになるとようやくオリーブの成長は止まった。
それからすぐにして、オリーブを中心に海は割れ始めた。
中心から海が沈み込んでいき、しばらく渦潮のように回ると、半径十キロほどの巨大な穴ができていた。
穴の下には海底にあったはずの町が顔を出していて、その回りには滝に囲まれているかのように海が広がっている。
それはあの空気のドームが拡大してできたかのような場所だった。
割れた海の中にはニールとハルの姿は影も形も見えなかった。
どう考えても生きてなどいない。
誰の目から見てもそれは明らかだったが、しばらくして、町の建物が崩れている間から唐突にニールが顔を出した。
その瓦礫の間からハルも姿を現し、二人は全くの無傷で生還したのだ。
どうして生還できたのかは二人にもわからなかった。
ただ、崩れていく地下で見たのは何かにぶつかってニールを避けていく瓦礫だった。
まるでニールに見えない壁でも張られているかのように瓦礫が避けていったのだ。
ハルは何度もまばたきしながら言う。
「一体何が起こってるの?」
ニールにも見当がつかない。
「神様の加護でもついてるっていうの?」
「わからない。でも、もしかしたらクリス兄さんと戦えってことなのかもしれない」
ニールが受けたオリーブの試練はまだ続いている。
ニールはまだクリスと戦ってはいないし、決着も付けていない。
それにクリスが死んだ姿も見ていない。
地下から脱出したところも見ていないが、神からの案内役がこのまま死んでいるとはニールは思えなかった。
「支配で平和にするための試練、か……」
クリスは神の案内役であると言った。
それならクリスの言ったことは神の御言葉ということになる。
絶対の神が言うのなら、支配による平和が絶対的なのだろうか。
確かにニールの信じる、平等で自由な平和は綺麗すぎる。
平等などすぐに崩れてしまうもので、そんな儚いもので成り立つ平和もまたすぐに崩れてしまうかもしれない。
それでもニールは世界を支配することもされることも望まなかった。
全ての試練に打ち勝ち、世界を支配できる者に自分がなれたとしても、そんな世界を認めたくなかったのだ。
悩んでいるニールを見て、ハルが静かに手を握った。
心配そうに見詰めるハルを見て、ニールは一人で抱え込んでしまったことに気付いた。
「有り難う。でも、今はとにかく世界を終わらせないためにも試練に勝たなきゃ」
「クリスお兄さんを殺すの?」
以前にしたことのある質問だったが、ニールは同じようには答えられなかった。
「それも覚悟しなきゃいけない。でも、おかしいな。俺は兄弟を助けたくて旅してたはずなのに……」
弱々しく笑って見せるニールを、ハルは労うようにじっと見つめていた。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
オリーブが作ったドームからは、海に出てから浮上して脱出した。
クレーン船で待機していたヒロに拾ってもらって、ようやく一息つくことができた。
しかし、まだ試練は続いているままで、クリスがいつ襲ってくるかわからない。
船に戻れて小休止はできたが、まだ油断はできなかった。
ニールとハルがデッキに寝転ぶなり、ヒロが慌てて尋ねてきた。
「二人とも地下で何をしてきたんだ?! いきなり海底から木が生えてくるなんてデータにないよ!」
ニールは説明するほどの気力がなく、がっくりと項垂れていた。
「ニールのお兄さんが神に遣われていて、人類を救うには試練受けるしかないって言うからニールが仕方なく受けたの」
ハルが代わりに答えるも随分と投げやりで、答えを聞いてもヒロには何もわからなかった。
納得するどころか状況が掴めなくなって更に混乱している。
「とにかく、今ニールはクリスって人に命を狙われていて、返り討ちにしなきゃ世界が終わるの!」
「どうしてそこで世界規模になるの?!」
「今はそうとしか言えないんだって!」
説明を後回しにして早くこの海域から脱出しようとしたが、すぐにハルの耳に航空機のエンジン音が聞こえてきた。
三人で慌てて確かめると、あのカラスのエムブレムをつけた水上機がこちらに向かって飛んできていた。
どこから現れたのか全くわからないが、誰が乗っているのかはすぐにわかった。
「クリス兄さん……」
そう呟いた次の瞬間、ニールはハルに飛び掛かれてデッキに伏せた。
すぐにカラスエムブレムが機関砲を撃ってきて、クレーン船は二十ミリ弾の雨に晒される。
操舵室の窓ガラスが衝撃波だけで砕け散り、爆発物も撃ち抜かれて大きな爆発が起きた。
一度の攻撃で船は大きな打撃を受け、黒い煙を上げた。
ハルの咄嗟の判断で助かったニールはカラスエムブレムが猛スピードで背後に抜けていくのを見た。
そのまま軌道を変えて高度を上げていく。
今度は直上から急降下して襲ってくるつもりのようだった。
「急いでホワイトピジョンを出さなきゃ……」
ニールにはまだクリスを殺せる覚悟がついているかわからない。
しかしそれでも今は迎え撃たなければハルもヒロも死んでしまうかもしれない。
迷っている時間などなく、ニールは急いで機体の元へ走った。
「よかった、機体は物影になってたみたいだ」
ヒロが機体が無事なのを見て安心していたが、今度の攻撃では無傷ではいられない。
ニールは焦りながら火薬式カタパルトを上って機体へ乗り込み、すぐにエンジンを回し始めた。
空の敵に目をやると、まだこちらに軌道を向けていなかった。
ニールとの戦いを望んでいるのだろうか。
ある程度猶予を与えてくれているが、すぐにでも機体を出さなければまた襲ってくるだろう。
ニールは急いでいたが、ハルが機体の翼から叫んだ。
「ねえニールお願い、あたしも戦いに連れていって!」
ニールはこんな時に何を言い出すのかと思った。
それでもハルは退かずに叫ぶ。
「力になれないかもしれないけど、邪魔もしない。今のニールを一人で行かせたくないの!」
ニールは迷ったが、邪魔もしないというので仕方なしに頷いた。
迷うより時間が惜しかった。
ホワイトピジョンのエンジンが点火した頃、カラスエムブレムはこちらに軌道を向けた。
船の直上から真っ逆さまに飛んでくる。
撃ってくる。
ニールは焦りながらキャノピー越しにヒロへ合図する。
カタパルトが作動して機体は滑り、ホワイトピジョンは敵機から逃げるようにして海上を飛び始めた。
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