第32話 試練
「さあニール・マクワイア。オリーブに手を……」
「わかってる」
クリスに急かされてニールはようやく心を決め、恐る恐る木の幹に手を触れた。
それに反応して、オリーブは鮮やかな緑に輝き始めた。
光はとても強く、このコンクリートの空間を全て照らした。
先程までライトがなければ真っ暗だったのに、今は明るい緑色に包まれていた。
更に地面まで大きく揺れ始めた。
揺れはこの場所だけでなく頭上にまで伝わるほどの強さで、とても直立していられない。
ニールは木に掴まり、ハルは地面に座り込み、クリスだけが真っ直ぐに立っていた。
そのクリスがどういう訳か、どこから出したのか、ナイフを手にしていた。
ニールへ向けていて、ゆっくりと向かってくる。
先程と違って目の色が変わっていて、今はとても冷酷な目をしていた。
ニールは豹変したクリスを見て動揺する。
「兄さん?」
「神からの案内役たる私を倒すこと、それがオリーブの試練だ。全力の私を貴殿の全力で屠る。それだけが人に残された唯一の術なのだ」
ニールは耳を疑ったが、オリーブまで変化を始めて聞き返すどころではなかった。
木が目で見えるほどの速さで成長を始め、幹も枝も葉も一気に大きくなった。
先程までニールの背丈のサイズもなかったオリーブがあっという間に天井まで伸びて突き破った。
幹に掴まっていたニールは逃げるだけで必死だった。
「兄さんと戦うのがどうして試練なんだ? 争いの兆しを確かめる試練でどうして争わなきゃいけないんだ?!」
「圧倒的な力を持ち、存在だけで抑止力になる者が世界を統一する。それこそが平和の道だ」
「まさか……それじゃあ争いの兆しをなくすには、一方的な抑止力で世界を支配するということなのか?」
「それが争いのなくなった世界なのだ」
そう言ってクリスがナイフを勢いよく振り下ろしてきた。
揺れる地面に這いつくばりながらもニールが何とか後転すると、ナイフはニールの両股の間に突き刺さる。
ナイフにこめられた力には躊躇いなどなく、脅しではないことはニールにもはっきりわかった。
ニールの額に汗が滲む。
「支配で作られた平和なんてただのまやかしだ。争いだって一時起きないだけだ」
「平等で自由な平和こそ一時のものに過ぎない。誰かにコントロールされてこそ恒久な平和は成り立つのだ」
突き刺さったナイフをクリスが抜いて、再び襲い掛かられる。
尻餅を付いているニールは逃げられず、今度は避けることもできない。
絶体絶命のピンチに陥り、今度こそナイフを刺されてしまいそうだった。
しかしナイフが振り下ろされる瞬間、ハルがクリスに向かって突っ込んできた。
地面が揺れて立つことはできないが、ぶつかるには充分。
クリスもハルも倒れてナイフは遠くへ滑っていった。
ハルはよろよろと起き上がりながら叫んだ。
「逃げるよ!」
ハルがニールの腕を引いて必死に歩き始めた。
真っ直ぐに歩けなくてもこの場から脱出するために足を踏ん張って歩いた。
クリスはもう追っては来ず、黙って二人の背を眺めていた。
空気のドームは抜けたが、地震はさらに強くなっているようだった。
オリーブはまだ成長しているようで、いくら泳いでも枝はめきめきと音を立てて伸びてくる。
天井を崩そうが壁を壊そうがオリーブは太く伸びていって全体はもう二人からは全く見えなくなっていた。
逃げられない。
地下を泳いでいるうちに二人は諦め始めた。
木の成長はとても早く、道の崩壊も早い。
必死に泳いでも、どんな手段を考えても助かる術はなく、二人は絶望的になっていった。
そして遂に二人の頭上に巨大な瓦礫が落ちてきた。
どう泳いでも避けることができず、二人はなす術なく瓦礫の下へと消えた。
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