第31話 明かされる謎、兄の目的
船が到着するとニールとハルは以前のように海底探索を始めた。
古代文明の街を泳いで階段を下っていき、太陽の光も通らない真っ暗な道を進んでいく。
鉄のレールが敷かれた洞窟を通っていくと、以前と同じ場所に穴があり、さらに深くへ潜った。
コンクリートの床と柱の空間に出ると、ニールたちは再びあのオリーブの木を見付けた。
やはり辺り一帯が空気のドームのようになっていて、地上と同じように歩けた。
オリーブの木を前にして、ハルは呟いた。
「何度来ても不思議なところ……きっとこの木があるから空気があるんだよね」
「そうかもしれない。見た目は普通だけど特別な木なのかもしれない」
「もしかしたら神聖な木なのかも……」
「その通りだ」
そう答えたのは第三者の声だった。
二人ははっと身構える。この場所には丸腰で来ているのではなく、前回と違って武器を持ってきている。
二人は足のホルスターから水中銃を抜いた。
「やめろ。この場所でそんなものを向けるな」
「殺そうとしてくる相手に言われても下げる訳にはいかないだろ」
「確かに私は貴殿の命を狙っているが少なくともここでは殺さない。だから大人しく下ろしてほしい」
クリスに言われ、ニールとハルは顔を見合わせた。
両手を上げて、確かに戦う意志がない様子を見て、二人は恐る恐る拳銃を下ろした。
ホルスターに戻してからニールが尋ねる。
「兄さんはここがどういう場所か知ってるのか?」
「知っている。そのオリーブがどういう木かも知っている」
「どんな木なんだ? それが兄さんが俺を襲う理由と関係してるのか?」
「関係している。貴殿がその木にもたらす影響が世界を脅かすかもしれないからだ」
「脅かすって、どんな風に?」
「今より更なる洪水だ」
ニールはごくりと生唾を飲み込んだ。
この世界は既に海面上昇によって住むところが奪われている。
かつてはこの海底も地上にあって、人が住んでいたことはニールたちも知っている。
どうして海の底へ沈んでしまったのかは伝説にさえ残っていなかったが、海底の街を見ればわかることだった。
更なる洪水というのは、その海面上昇がまだ起こるかもしれないということだろう。
それが現実のものとなればチルナノグもアマクニの孤島も、更にマグメイルさえどうなるかわからなかった。
「どうしてこのオリーブにそんな力があるんだ? このオリーブは一体何なんだ?」
「言うなれば、神により人類へ下された試練だ。この木は世界に五本生えており、この木に触れた者の心によって人類の運命が左右されるようになっている。ある時は水が引き、ある時は水が押し寄せるのだ」
「水が引く、ということは人がもっと住めるようにもなるってこと?!」
ハルの言葉にクリスは頷く。
「一本だけの力は弱く、周囲を干上がらせるだけだが、五本全ての木が合わされば、かつて文明が滅びる以前の世界に戻すことができるだろう」
そうなれば世界は大きく変わる。
今はチルナノグもマグメイルも狭い土地を分け合って、あるいは奪い合って暮らしているが、水が引いた世界ではそんな必要はなくなるのだ。
ニールやハルにとってその世界はあまりにも現実離れしていたが、今よりずっと素晴らしい世界だということだけは理解できた。
実現できるのならどうにか実現させたいとさえ考えていた。
クリスは話を続ける。
「かつての人類は争い事ばかりしていた。私利私欲のために、あるいは強すぎる愛国心のために、他人を、他国を排除するべく争っていた。平和を掲げる者もいたが、人類が増えすぎた故に生活が貧しくなると戦争に走った。世界が破壊されようが自然が滅びようが構わず互いを殺し合った。そうしてある日、人類は遂に世界そのものを破壊してしまいそうになった。大地も空も海も何もかも壊してしまう寸前になって、遂に神が鉄槌を振り下ろした。もう二度と起こさないという誓いを破って大洪水を起こし、神は世界滅亡を食い止めたのだ」
大洪水に関する話はニールやハルにとって全く聞いたことがない訳ではなかった。
海底から引き上げられたもので一番多かった文献に載っていた話だ。
話の中では水が引いて終わっていたが、その大洪水が原因で今は海が世界を覆っているのだろう。
「それからずっと神は人類に争いの心がないかどうかを確かめている。もう水を引いてもいいのか、それとも人類を抹殺するべきなのかを確かめている。その尺度を、このオリーブは担っているのだ」
「ということは、この木に触れた者の心に、争いの兆しがあれば人類は滅ぶのか?」
「オリーブの試練の中でそれを確かめる。五本のうち一本でも見透かされてしまうと破滅してしまう。しかし認められれば救われる」
「その試練って?」
「オリーブに触れた者にだけわかる」
クリスは淡々と語っていたがニールは動揺を隠せなかった。
それほど特別で影響力のある木だったとは予想だにせず、今更ながら恐ろしかった。
そんな木をうっかり触ってしまっていたら人類を滅ぼしてしまっていたかもしれない。
しかしそれより重要なことにニールは気がついた。
「ちょっと待て……どうして兄さんがそんなこと知ってるんだ?」
「私は神より案内役を命じられたのだ。試練を説明するためだけにここにいる」
「案内役だって? 兄さんは10年前に別れた後に何があったんだ? 俺を逃がしてくれた優しい兄さんは、まだそこにいるのか?」
「以前も言っただろう。私はもう貴殿の兄などではない」
「それならどうして今まで俺を殺さなかったんだ? このオリーブを見つけてしまった俺はうっかり人類を滅ぼそうとしてたんだぞ」
「それは貴殿がオリーブに認められるかもしれなかったからだ」
予想していなかった返答にニールは息を飲んだ。
「ニール・マクワイア。貴殿ならこのオリーブの試練に打ち勝ち、人類を救えるかもしれない」
「で、でも俺は飛行機乗りで争いを起こすような人間なんだぞ?」
「それでも争いたい訳じゃない。純粋な気持ちで飛ぶのを望んでいるからオリーブも反応しているのだろう。だからきっとこの木に触れても人類を脅かさない。オリーブの力で周囲の海を引かせられるだろう」
クリスに言われても、試練の内容も知らないニールには成功の可能性さえも計れない。
ニールを買ってくれているようだがニール自身は喜ぶばかりか疑問になるばかりで不安さえ感じていた。
ニールは情けないと思いつつ、頼るようにハルを見た。
ハルは笑って見せる。
「案内役がこう言うんならあたしは大丈夫だと思う。それに人類を救えるような大役を背負えるんだよ? 投げ出すには勿体ないよ」
「でももし、試練に失敗してオリーブに認められなかったら?」
「案内役はそのリスクがわかってても自信を持ってくれてるんだよ?」
ハルは真っ直ぐにニールを見つめて告げた。
ニールにはどうしてハルがそこまで自信を持ってくれていて、省みないのかわからなかったが、冷静に考えて首を振った。
「……俺を買ってくれるのは有り難いが、そこまでリスクを侵す必要はないな。世界が犠牲になるかもしれないのなら、俺一人だけの賭けじゃないよ」
「しかし、その賭けをしなければならないと言ったら?」
クリスはここぞとばかりに告げた。
「貴殿が賭けようが賭けまいが大地が沈むと言ったら?」
「沈むっていうのか? 誰かが博打に出なきゃいけないのか?」
誰かが救わなければならないといずれにせよ沈むとなれば話は変わってくる。
このまま知らない振りをしたまま帰ることなどできない。
「人類は先の争いで罪を犯しすぎた。神はこのまま人を滅亡させてしまいたいと考えていらっしゃる。それでも救いの機会を残してくださった。オリーブの試練は最後の情けなのだ」
「……どうしても俺は試練に勝たなきゃいけないのか」
「それしか人に道はない」
「わかったわかった。だったら試練とやらを受けるしかないだろう」
ニールはため息を吐いて渋々賭けに乗ることにしてしまった。
失敗してしまった時のことを考えると責任感が重いが、今は考えないことにした。
ニールは二人に見つめられる中、オリーブの木の前へ立った。
それだけで緊張感が広がり、生唾をごくりと飲む込む。
どんな試練が待っているのか、何が起こるのかわからず、なかなか覚悟が決まらなかった。
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