課せられる試練編

第30話 ニール、兄を探しに

 エアレースが終わってからというもの、アマクニモータースのエンジンを求めて多くのパイロットが押し掛けるようになっていた。チルナノグのエアレースで勝つにはこれまで機体では太刀打ちできないと実感したのだろう。それにエアレースで勝つためではなく、単純に速い飛行機を求めて島にやってくる者もいる。数ヵ月前まで誰も立ち入らなかった孤島に大勢人が集まるようになっていた。

「この島も何だか騒がしくなったねえ」

 ハルは整備場の庭で、島の様子を眺めながら言った。仕事の休憩に付き合っているニールが答える。

「仮設だった家を取り壊してコテージを建てるとはね」

「コテージどころかバーも建つらしいよ。今じゃあこの島がちょっと前まで無人島だったとは思えないねえ」

「それだけあのエンジンに魅力があったってことだろう。みんなハルの作るものに惹かれたんだ」

「あたしは文献に載ってたものを再現しただけだよ。厳密にはあたしが開発したものじゃない」

「それでも誰にでも再現できた訳じゃない。ハルじゃなきゃできないことだったんだ」

「……ニールに言われるとちょっと照れる」

 ハルは恥ずかしそうに目を反らした。口喧嘩になることも多い二人なので、素直に褒められるとどうしていいかわからないのだろう。ハルはどう返していいかわからず黙ってしまった。

「アマクニモータースはこれからどうするんだ?」

「今のままだと受ける仕事も限りあるから、もっと人を雇っていくと思う。あのエンジンをあたしじゃなくても造れるように教えていかなきゃ。幸い、募集しなくても人は付いてきてくれるみたいだし」

「その従業員に、ヒロまで名乗り出たんだって?」

「そう、断るの大変だったの。ホワイトピジョンの時はいっぱい手伝ってもらったけど、元々は図書館の司書でしょう。さすがにチルナノグでの仕事を放り出してまで来てほしくはないよ」

 ハルは愚痴るように話していたがあまり困っていた訳でなくむしろ笑っていた。ニールも「シンデンに狂ったあいつは引かないからなあ」と口を緩めた。二人してヒロがシンデンに執着してくれているのを微笑ましく笑っていた。

 それからニールは尋ねる。

「チルナノグじゃなく、この島でやっていくのか?」

 ハルは少し悩む。

「それは少し考えてたけど、結局ここに残ろうって思ってる。前にニールが言ってたみたいに、ここだと好きに機械イジりできるんだよ」

 ハルが言うとニールは「そんなこと言ったっけ」ととぼけたので、ハルは苦笑しながらニールを小突いた。ニールもおどけて笑った。

 二人が庭で休んでいる間にも整備場から騒がしい音が聞こえてきていた。整備場だけでなく新しく建設した建物や設備からも慌ただしい音が響いている。以前はチルナノグで造られたものをヒロに輸送してもらっていたが、今では多くの部品をこの島でも造り出している。以前の設備のままでは仕事しにくかったかもしれないが、今ではハルの言うように、好きに仕事ができるようになっていた。アマクニの人気もある今、商売するにはこの島でも事欠かないだろう。唯一大きな問題があるとすれば、ニールが抱えていることかもしれない。

 ニール自身もそのことはわかっていた。このままアマクニモータースに居続けてはいけないのかもしれないとさえ以前から考えていた。

「後は、俺の問題だな」

 ハルはニールの考えていることを察して目を伏せた。

「俺が早くクリス兄さんとの決着をつけなきゃ、ここもいつ襲われるかわからない」

「でも、探しようがないよ。あたしたちみたいにどこかの島に隠れてるかもしれないけど広すぎる。どこまで行っても海ばっかりなんだよ?」

 それはこの庭から眺めても明らかだった。この島の辺り一帯には360度の水平線一杯まで海しか見えない。その向こうにチルナノグがあることはわかっているが、他にどれだけの孤島があるのかは全く定かでない。チルナノグ周辺の島々はまだしも世界中の島を探すのはとても不可能だ。

「でも一つだけ策があるんだ」

 ニールは言った。

「オリーブの木があったあの海底なら、もう一度兄さんに会えるかもしれない」

「確かにそうかもしれない。でも、会ってどうするの?」

「……わからない。でもそこで決着をつける。そのためには、殺すことも否わない」

 ニールはハルと向き合って、実の兄を殺す覚悟があることをはっきりと示す。ハルもニールの目を真っ直ぐに見ていたが、表情は険しいままで明るくなかった。


 海底への探索は次の日すぐに始まった。移動には以前のようにヒロのクレーン船を借り、クリムゾンレッドが墜落した場所へもう一度向かう。そこまでの距離は近くはなく時間も掛かったが、待つだけの目的があった。放置しておけない問題を解決すべくニールたちは到着を待っていた。

 その乗っていた船にはホワイトピジョンも積み込まれていた。海底探索のために向かっているので飛行機は必要ないはずだが、何が起きるかわからないからというニールの強い希望で載せている。兄のクリスに会えるかどうかわからない。カラスエムブレム機と出会うかもしれない。ホワイトピジョンを使うかどうかはこれから次第だった。

「それにしても、結局白色に塗装しちまうなんてな」

 ニールはデッキの上でハルにあからさまに肩を落として見せた。火薬式カタパルトに載っているホワイトピジョンは赤色ではなく名前の通りの色になっている。ラダーやエレベーターなどの可動域にはグレーが塗られているカラーリングだが、ニール好みの赤はどこにも入っていない。ステッカーにさえ赤は塗られていなかった。

 ハルは答える。

「なんで? 格好いいじゃん」

「クリムゾンレッドを勝手にホワイトピジョンにしちまいやがって」

「仕方ないでしょう。その名前で有名になっちゃったんだから」

 成り行きとはいえ、妙に言いくるめられたような気がしてニールは不服だった。名前の由来が防錆剤の色というのも納得が行かなかったが、カラーリングはニールも気に入っていて、今はそれどころではないのでじっとホワイトピジョンを眺めていた。

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