第29話 アマクニ製飛行機、ホワイトピジョン

ホワイトピジョンのエンジン音が実況を掻き消し始めるにつれ、実況は負けじと熱を込めた。


「さあマクワイア選手がスタートの軌道に入ります。上手く実力を出せるか!」


ニールが機体を水平にして真っ直ぐポールをくぐる。


「ポールをくぐって今スタートです! まずはスラローム!」


ニールはぎりぎりまでスピードを保ち、操縦桿とラダーを巧みに操作する。


ホワイトピジョンは翼を右に左に交互に傾けながらポールを抜けていく。


減速すればそこまで難しい場所ではないが、タイムを縮められない。


かと言って速度を出しすぎるとポールにぶつかってしまうかもしれないし、最短コースを描けない。


このスラロームをニールはできる限り減速せず、ポールすれすれに飛びながら通っていった。


「まずは華麗にクリア。早いペースで360ターンに入る!」


一本のポールが見えてくる。


あのポールを回って360ターンしてスラロームに戻るコースだ。



ニールはアウトインアウトのラインで回るためにポールの外側へ機体を寄せる。


そしてタイミングを窺って機体を傾け、ベストラインでポールの内側を突いた。



ところがニールが頭上にポールを見た時……つまりコーナーの出口を見た時、いつもの感覚でうっかりスロットルを上げすぎてしまった。


ラインが膨らんでベストラインとは外れてしまい、更にホワイトピジョンの姿勢も崩れてしまう。


「おっとマクワイア選手、操縦ミスか?!」


観客だけでなくニールも肝を冷やしたが冷静に操縦桿を操作する。


ラインは外れてしまったがどうにか姿勢を取り戻すことができた。


慌ててまたスロットルを上げてしまっていたら今度こそ操縦不能になって墜落してしまっていたかもしれない。



それでも膨らんでしまったラインは取り戻せない。


タイムロスしてしまったことを悔やみながらニールはスラロームへ戻った。


「マクワイア選手、ラインが崩れたことでスラロームでもスピードが出せません」


「最初のリードもなくなりましたね」


ニールがスラロームを回るが確かにラインが悪くスピードが乗らない。


序盤と同じように翼を傾けて抜けたが他選手のタイムより遅くなってしまった。



ニールは歯ぎしりするほど奥歯を噛み締めた。


せっかくハルが発明してくれたエンジンを自分のミスで陥れてしまったことが悔しかった。


歴史に残るような快挙であるはずなのに自分がそれを証明できなかった。


ハルの実力を証明できないのが堪らなく悔しかった。



だからニールは最後のストレートでスロットルを全開にすることを決める。


ハルに止められていたがアマクニ製エンジンの可能性を示すためにホワイトピジョンを全開にすることを決断したのだ。



スラロームを抜け機体を宙返りさせたニールはゴールまでの軌道を真っ直ぐにして出力を最大にする。


孤島で試験運転した時のように、危うく家を燃やしかけてしまった時のように、エンジンから炎を噴き出させてホワイトピジョンを加速させた。



そのコクピットにいるニールにも強烈なGが襲いかかっていた。


空中軌道している時と同等かそれ以上の重力が加速だけで掛かり、自然とニールの手にも力がこもった。


エンジンがオーバーロードしないか不安でスロットルを緩めてしまいそうだったが、それでもエンジンの全力を示すためにスロットルを一杯のままにする。


エンジンは見事に性能を発揮し、宙返りからたった二秒で時速500キロをマークし、まだ加速の余地を残しながらもゴールまでのストレートを飛び切った。



その様子は地上の観客にも伝わっていた。


「す、すごい加速です! 最後のストレートで驚くべきスピードで一気にゴールしました! これは目でもわかる速さだ!」


ニールのゴールと同時に大きな歓声が上がる。


ハルやヒロだけでなくチルナノグの観客がホワイトピジョンの快挙に湧き、ハルたち二人は両手を上げて喜んだ。


スタート前は怪訝だった解説も今は感想しか言えないほど熱くなっていて、チルナノグのほとんどの人々が新しい飛行機に興奮していた。



ルシフェルだけは不服そうに口を曲げていて、ヒロが笑顔で言った。


「僕たちの飛行機があなたを抜いて一位だ。どうやら危なっかしい鳥は白鳥だったみたいだ」


ルシフェルは何も言い返せず奥歯を噛み締めながら黙っていた。


しばらくヒロを睨んでいたが、やがてルシフェルは負け惜しみも吐かずに大股で去っていった。




予選の後にすぐに本戦が開かれたがホワイトピジョンのタイムに迫れるパイロットは誰もいなかった。


ニールがミスしてしまったタイムだが最後の急加速に追い付ける者はいない。


ホワイトピジョンに迫るにはパイロットの腕ではなく同じ機体性能が必要だった。


ルシフェルも棄権せずに出場したがとても追い付けなかった。


その一方で本戦でのニールはミスすることなくホワイトピジョンを使いこなし、上手く実力を発揮して更に記録を更新。


誰も追い付けないというのに更にタイムを縮め、見事エアレースを優勝で終えた。


ホワイトピジョンの驚くべき性能とニールの実力をチルナノグに示すことができたのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る