第28話 初陣

大会予選までの時間が迫ってきていた。


ニールは桟橋に停めてある新機体に乗り込んで、出番をじっと待つ。


ハルとヒロがその浮き桟橋から声を投げ掛ける。


「ニール、本番とはいえあんまり回さないでね。特にアフターバーナーは使っちゃだめ。結局テスト飛行できなかったから不安なの」


「テストなら搭載前に十分やったろ。家を燃やしかけたんだからさ」


「搭載してからは初めてでしょう。ニールの無茶でローンだけが残っても知らないからね」


「わかったわかった」


「それと、重量が重んだ分、揚力が不足するようになったから気を付けて。一応、尾翼を大きくして高くしたけどやっぱり離水が大変だと思う」


「エンジンが重くなったからか」


ハルの言う通り、以前と比べて機体の設計に何ヵ所か手が加えられている。


ジェットエンジンの吸気のために、エアインテークと呼ばれる空気の取り入れ口が大きくなり、エンジン上方にも付けられている。


巨大化して高くなったという垂直尾翼もラダー部が大きくなり可動域が増えていた。


独特なシルエットは以前と変わらないがジェット化するために設計から機体が変更されていた。



ニールが油圧動作を試しているとアナウンスが耳に入った。


「ニールマクワイア選手、ホワイトピジョンでの予選を開始してください」


ニールは知らない機体名を耳にしてハルに聞く。


「ホワイトピジョン?」


「ごめん、クリムゾンレッドだと機体色と違うからあたしが付け直しちゃった」


「付け直した?!」


「良い名前でしょー?」


「勝手なことを」


塗装が間に合わなかったから仕方がないが、防錆剤の銀一色の機体はホワイトですらなかった。


後でとっちめようと考えながらニールは準備に掛かった。



エンジンを回し始めると、孤島で試験運用した時のようなエンジン音が鳴り始めた。


他の水上機もいるので周囲はエンジン音で騒がしかったが、それでも際立った音で轟かせている。


エンジンをスタートさせるだけで人々の注目を引いた。



ニールは見物客の視線を感じつつ、キャノピーを閉じた。


スロットルをゆっくり上げて桟橋を出る。


離れたところで推力を上げて離水した。



メインフロートを胴体に引き込み、補助フロートも翼内に畳み込むと、エンジン出力のままどんどん加速していく。


クリムゾンレッドの時には空気抵抗になっていたフロートが機内に収まって、ホワイトピジョンは風を切って飛び始めた。


 ハルに止められていたのでニールはまだスロットルを全開にはしていなかった。


コースの最初にスラロームがあることもあってあまりスピードを上げられない。


それでも今までにない力で機体が加速しているのをニールは実感した。


確実にプロペラ機よりも推進力が出ている。


ハルの天才的技術力は以前から知っていたしジェットの試験運転も見ていたが、改めてその実力に高揚していた。



コーススタートのポールが見えてきた。


あのポールの間を通れば計測が始まる。


ニールはバレルロールでエルロンやラダーの感触を確かめながら予選に備えた。



地上では実況の声がスピーカーで鳴り響いていた。


「さあニールマクワイア選手の予選が始まります。マクワイア選手は過去に連勝記録を持っている選手です。そのパイロットが全く新しい機構のエンジンに乗って舞い戻ってきました! 新しいエンジンをマクワイア選手がどう手なずけるのか、非常に気になるトライになります」


解説が落ち着いた声で話す。


「確かに面白いエンジンですね、私も初めて目にします。何せプロペラが一つも付いていないのですからどうやって飛んでいるのかも不思議ですね。しかし出力は従来機と比べてどうでしょう。ただうるさいだけでないといいんですがね」


チルナノグに鳴り響いている声はハルとヒロの耳にも入っていた。


「余計な解説!」


ハルは目くじらを立てながら上空を眺めていた。



それに気づいた第三者がにたにた笑いながらハルに話し掛けてきた。


赤髪と吊り上がった目が特徴の、例の自惚れだ。


「しかしプロペラもないのだ。疑われても仕方がないだろう」


「えっと……たしか紅色の堕天使ルシフェルだっけ?」


どうやらまたルシフェルが二人を冷やかしに来たらしい。


ハルもヒロもあからさまに表情を歪める。


「プロペラはエンジンのトルクを推力に変えるものだ。何を推力にしているかわからない。我々の目にはかろうじて飛んでいるようにしか見えないほどだ」


「いや、あれは確かに飛んでるよ。プロペラがなくても立派に飛んでる」


ヒロも気分を悪くしたのか、そう抗議する。


「君の目には見えても我々の目には見えない。まるで翼の折れた鳥が飛ぶかのように危なっかしい」


「何だって?」


ハルが我慢できず殴り掛かりそうになってヒロが止める。


製作者のハルにとって我慢できないのも無理なかったが、止めに入ったヒロにとっても不快な言葉だった。


ヒロが眉を寄せて言う。


「その鳥がどんな飛び方するかすぐにわかる」


「墜落しなきゃいいがね」


ハルがまた殴り掛かろうとしたがヒロは黙ったまま流す。


予選はすぐに始まる。


ルシフェルの冷やかしもすぐに訂正されることと信じて、ヒロは上空の白い鳥を仰いでいた。

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