第27話 エアレース

チルナノグではエアレースの開催ですっかり賑わっていた。


チルナノグにとってエアレースは数少ない催しごとで、球技よりも人気が高かった。


生活の身近に水上機があるこの島では親しみもあるので、人々の娯楽として開催されるようになっていた。


そのため参加者の数も多くレベルも高い。


難易度の高い空中軌道も軽々やってのけるようなパイロットが何人も参加していて、それだけ賞金も高かった。



クリムゾンレッドを船で運び入れたニールはチルナノグの盛況ぶりを見て目を細めた。


「相変わらずうるさい祭りだな。朝の競りより騒がしいぜ」


一年ほど前、ニールが賞金を荒稼ぎしていた頃からこのエアレースは人気だった。


その時も埋め尽くすほどの人が港に集まって、賭博やら露店やらで賑わっていた。


スポンサーの付いているパイロットにはグッズ販売なども行われている。


ここまでくるとたしかに魚の競り以上の盛り上がりだった。


「どこの島も催し事となると同じなんだな。西でも似たような盛り上がりだったよ」


「マグメイルのこと?」


「あそこのイベントは主催者も酷かったけどな」


西で何があったのかハルが聞こうとすると、遠くから飛行機のエンジン音が聞こえてきた。


どうやら展示飛行にエアレースのコースを回るらしい。



コースとなる海上には大きくて高いポールが船で浮かべられていた。


それが各所に置かれていて、選手はこれらのポールを回っていく。


このコースをどれだけ早いタイムで飛べるかがこのエアレースだ。



今日はいきなりスラロームが連続するコースだった。


スラロームを抜けた後に360度ターンしてまたスラロームを通り、それから宙返りしてポール上を飛んで、ゴールまで真っ直ぐ飛ぶコースだ。


テクニカルなコースでジェットの一番の強みを出しにくいが最後にストレートがあるだけ有り難い。


序盤にニールの腕でポールを抜け、最後にハルのエンジンが力を発揮できれば速く飛べるだろう。



しかしニールがどれだけ実力を出せるかに一つ問題があった。


「テスト飛行までに間に合わなかったのが心残りだね。あたしのエンジンもだけど、ニールが本番でいきなりジェットを扱えるかどうか不安だよ」


「大丈夫だって、ハルの暴れ馬を手なずけて見せるさ」


ニールが力強く笑って見せたがハルの表情は暗いままだった。


コース説明のために飛んでいたパイロットがゴールの間を通った。



ヒロが「おーい」と叫びながら駆けてきた。


出場の最終手続きが済んだようだ。


「よかった、完成できたんだね」


「ハルが頑張ってくれてなんとか」


「もしかしたら棄権しなきゃいけないかもって思ってたからよか……うわ、これが新機体?!」


ヒロが機体を見付けて駆け出す。


ニールの機体はちょうど船から海へ降ろしているところだった。


まだできたばかりで銀色のままのシンデンを、ヒロは目に焼き付けるかのように惚れ惚れと見詰めている。


「すごい、すごいよ! ジェットエンジンを積んだシンデンをこの目で見られるなんて! シンデンは開発当初からジェット化を見越して設計された飛行機なんだ。シンデンが開発された当時はジェットエンジンの開発が秘密裏に進められていて、それに合わせて開発されていた機体なんだよ。残念ながら実現できずに幻として伝えられてたけど、それを今こうして目の前にしてるなんて!」


ヒロは感極まって自然と大声になっていた。


人が密集している港にも関わらず、身振り手振りで説明し、地面に座り込んで感動を語っている。


さすがニールやハルよりもシンデンに憧れを抱いているヒロだったが、ここまで熱狂的になられると恐ろしい。


パイロットや設計士にとってファンは嬉しいはずだったのに今は近寄りにくかった。


そんな二人を気にも留めず、ヒロは涙まで流し始める。


「よかった……シンデンがジェット化できて本当によかった……」


「おいおい、何も泣くことないだろ」


「だって僕は今、シンデンの幻の姿を見ているんだよ? こんなの泣かない方がおかしいよ……」


気付けば人が立ち止まり始めて、ヒロの周囲に見物客が集まり始めていた。


エアレース目前の港はいつもより騒がしいというのに、その喧騒の中でもヒロはかなり目立っている。


こんな情けない姿で目立ちたくない二人は慌てて始める。


おいおい泣いているヒロを引きずってその場を退散しようとしていたが、不意に誰かから声を掛けられた。


「これはこれは、去年まで連勝していたニール・マクワイアじゃないか」


話しかけられたニールが振り向くと、人混みの中に一人の男が立っているのが見えた。


赤髪とつり目が特徴で、服装は襟元にふわふわのマフが付いていたり、黒光りする靴を履いていたり豪華絢爛な外見だ。


「確かに連勝の成績は素晴らしいが、いきなり姿を眩ましたのは負けるのが怖くなったからだろう? そんな負け犬が今頃顔を出したって結果は決まってる。今回も優勝するのはこの私、紅色の堕天使だ!」


「誰?」


颯爽と現れて自己紹介されたニールだったがいかんせん見当もつかなかった。


自慢げな立ち振る舞いが崩れる紅色の堕天使。


「この私を存じないだと?! 紅色の堕天使ルシフェルだ!」


「いや、初耳だよ」


全く動じることのないニールを見て頭を抱える、紅色の堕天使とやらのルシフェル。


その姿を見て妙な既視感を覚えたニールはようやく手を打った。


「あっ、もしかしてぺテロってやつと兄弟だったりしない? よく見たらかなり似てるよ」


「ぺテロだと? まさか我が弟、紅色のの使徒ぺテロを知っているのか?!」


「あぁ、西で戦ったんだ。あいつも今のあんたみたいに頭抱えてたんだよ」


弟が負かされた情報を聞いて、さらに打ち崩れるルシフェル。


先程までの自慢げな様子はぼろぼろに崩されていて、もう何も威張れるものがなくなっていた。


「くそ、覚えておけ。私がチルナノグのエアレースで見事優勝し、我が弟に恥をかかせたことを後悔させてやる!」


「うん」


ルシフェルの煽りを軽く聞き流して、ニールは二人を連れて予選の準備に入った。


ヒロのシンデンで極まった想いは冷え切って涙もすっかり引いていた。

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