第25話 新たな心臓

アマクニモータースの従業員が増えて、整備場は大賑わいだった。


狭い場所のあちこちで金ノコを引き、ハンマーを叩き、仕舞いには外でも何やら工事が行われている。


金属を熱するための炉を轟々と炊き、またその遠くでは仮設住宅を建て井戸を掘っている。


ヒロのクレーン船が材料や加工物をチルナノグから運輸し、また島の工事が加速する。


昨夜まで先住民の建物が一棟残っていただけの無人島が今では二十人ほどの人で騒いでいた。



ニールもその中に加わって製作を行っていたが、気になったのは、現場を指揮するはずのハルが何かのパーツを熱心に造っていることだった。


どうしても一人でやりたい工程があるようで、指示の片手間に製作している。


ニールがまだ見たこともないパーツを扱っているようで、それはドーナツ状に平たく、外側が何かの羽根のような形をしていた。


その羽根が大きいもの小さいもの合わせていくつもあり、ニールには何を造っているか見当もつかなかった。



製作は何日間も続いた。


日を跨いでいくうちにどんどんパーツが完成していき、飛行機としての形になっていく。


島も仮設設備ではあったが発展していき、製作工事をするにはあまり困らないようになっていった。


作業員は毎日働いてくれて多くのパーツを造ってくれて、島で造れないようなパーツはチルナノグから加工されて運び込まれていた。


それが続いたある日のことだった。


「ニール、見てほしいものがあるの。付いてきて」


製作工程の中、ニールはハルからそう声を掛けられた。


何かと思いながらも作業を中断する。


ハルに言われるまま整備場の外へ出て、古いコンクリートの庭へ来た。



そこにはハルが今までずっと一人で造っていたものが用意してあった。


特注のパーツばかりで、チルナノグからの加工品が一番多かったものだ。


「ニールも一回見たことあったよね」


「これって確か……エンジン?」


「もっと詳しく言うと燃焼噴射推進器ってやつだね。テストしようとしてたら爆撃に遭ったんだっけ」



ニールが頷く。


あの爆撃で整備場も試作機も壊されてしまった。


「これでやっと見せられる訳だ。随分時間掛かったなー。まあ実装できるし精度も改善されたから恩の字か」


「実装するって、この試作機を俺に機体に載せるのか?」


「試作機って言ってもほぼ完成型だから安心して。その分サービスしとくし、何より従来型より高馬力だよ」


高馬力と聞いてニールは「このエンジンが?」と疑ってしまった。


どこから見てもプロペラになるようなものは付いていないし、推力になるようなものは付いていない。


ただ筒のような形をしているだけで、馬力があるかどうかさえも疑いたくなるようなものだった。


「まあそんな顔しないで見てなって」


知らず知らず顔に出ていたのか、ハルは不敵な笑みを浮かべて言った。


以前のように心底楽しそうな表情だったがニールは急かせる。


「前置きはもういいって。早く見せてくれ」


「はいはい」


ニールに言われてハルが笑いながら操作し始める。


エンジンスタートのスイッチを入れてようやく試作機を起動させた。



始まりは重苦しい音だった。


試作機の中で何かが回転し始めたようで、その音が段々と高く、大きくなっていく。


十秒ほど経てばその音は体の奥を揺さぶるほど大きく、ウィンドチャイムほど高音が響き始めた。


さらにその音に別の高音が重なるようにしてエンジン音は響き始める。


その高音はまだずっと伸びるようで、耳鳴りした時のようなキーンという音が周囲に響き渡った。



エンジンの様子も変化してきていて、筒の片方からゆらゆらと蜃気楼が見えた。


その蜃気楼でニールは何かを吐き出しているのだと気付く。


噴出口は自在に動くようで、ハルの操作によって狭まったり拡がったりし、それによって蜃気楼の速さも変わった。



エンジンのハーモニーを聞き付けたのか、気付けばニールたちの後ろに人が集まっていた。


エンジンが駆動する様子を目を丸くして見ている。


それを見てハルは調子良くしたのか、舌で唇をなぞった。



噴出側が狭まったかと思うと出口だけが大きく開いた。


噴き出しているものが蜃気楼から炎と変わって、その烈火が庭のコンクリートを焦がし、野草までも燃やした。


風が巻き起こるようになり、ニールやハルたちが激しく煽られ、真っ直ぐには立っていられなかった。


「どう? これがジェットのパワーよ!」


ハルが叫んでもエンジンの轟音で掻き消された。


それでも何が言いたいか察したニールは口元を緩めた。


ニールは認めたくなかったが悔しくも心踊っていたのだ。



しかし、エンジンの炎が仮設住宅まで掛かり始めたのを見てニールは肝を冷やした。


「ハル、エンジン止めろ!」


「えっ、何だって?!」


エンジンの轟音で声は届かない。


「エンジンを止めるんだ! 家を燃やし始めてる!」


「えっ?!」


やっとニールの言葉が聞こえたハルは慌てて試験を中止する。


エンジンからの烈火は収まり、轟音もゆっくりと小さくなって辺りはすっかり静まり返った。



ハルたちが慌てて燃やした仮設住宅へ駆け寄る。


見ると壁は引火まではしていないものの真っ黒に焦げていた。


手の平ほどの焦げ跡を前にしてハルは口を曲げながら頭を掻く。


「あちゃー、やり過ぎちゃったか。ちょっと甘く見てたかなあ」


「こういうところは昔から悪い癖だな、腕は天才的なのに……」


ニールとハルは煙を扇ぎながら呟く。


せっかく住むところを建ててもらったというのに危うく全勝させてしまうところだった。


そんな事故が起きてしまったら助けてくれた大工に申し訳がつかない。


ハルは冷や汗が止まらなかったが、試験運転を見物していた人たちは口々に言った。


「あんなものを造ってしまうなんて、さすがアマクニのハルだな」


「どうしたらあんなの造れるんだ? 俺らには見当もつかん」


「あれが今度の機体に載るんだろう? わくわくすんな!」


意外にも好評な上に称賛の拍手が起こった。


ハルは呆気に取られてぽかんと口を開けている。


謝ればいいのか喜べばいいのか複雑そうな表情だった。


責めておきながらもニールも嬉しそうに言った。


「どうやら燃えたことよりエンジンみたいだな。まあ、俺も正直言うと驚いてるよ。あのエンジンは本物だ」


ニールが褒めるとハルは恥ずかしそうに笑った。


新しい機体に載る心臓はほぼ完成に至っていた。




その夜のことだった。


製作作業の区切りが付いて一日の仕事を終えようとしていた時、ニールはどこからか飛行機が飛んでいる音を耳にした。


チルナノグでは珍しくない音だったがこの孤島では珍しい。


どこに行くにしても空路にならないところを選んでいたのだが、それにも関わらず誰かの飛行機が島の上空を飛んでいたのだ。



ニールはまさかと思った。


こんな場所に来るのは観光客も通りすがりの飛行機乗りも有り得ない。


迷い込んだか何かの訳がなければこんな場所には誰も来ないはずだった。


となると思い当たるのはほぼ一人。


ニールを狙っている人間が飛んでいるとしか思えなかった。



ニールの他にも音が気になって外に出てきている者がいた。


その中にハルがいて、ニールが来るなり不安そうに見詰めてくる。


ニールはハルの肩を叩いて上空を見上げた。



夜の空に飛行機の姿を捉えるのは困難だったがやがてニールは小さく映る機影を見つけた。


雲よりも高く飛んでいるようで、降下してくる様子はない。


しかし、目を見張ったのがその機体のエムブレムだった。


まさかと思いつつ探っていたが、やはりワタリガラスのエムブレムを付けていたのである。


「兄さん……」


「兄さん? 今飛んでるのはニールのお兄さんが乗った機体だって言うの?」


ハルの問いにニールは頷く。


以前襲われた相手が今こうして上空を自由に飛んでいる。


誰も来ることがない場所にその相手が飛んできたということは、島で行っていることを嗅ぎ付かれた、警告を無視したのがバレたのだ。



この島が襲撃されるのはハルにも想像に難くなかった。


対空装備などないこの島ではどうすることもできず、ただ青い顔して夜空を仰ぐしかない。


その敵機が飛んでいるであろう空を見ているしかなかった。



しかし不思議なのが、全く降下してくる様子がないということだった。


今のクリスにとってこの無防備の島を襲うことなど造作もないはず。


なのに、ただ上空を飛ぶだけで何も干渉してこないというのは不思議でならなかった。


「……いつでもお前を撃てる、そう言いたいのか?」


やがてニールは眉間をひそめて言った。


「お前を倒すのは簡単だ、兄さんはそう言いたいのか?」


眉間をひそめるだけでなく、拳を強く握り締めた。



ニールにはクリスが手の届かない遥か上空からこちらを見下しているのが、どうしても許せなかった。


地面に這いつくばってあくせくもがいているのを嘲笑われているようで、じっと見上げているのは我慢ならなかった。


「ふざけるな、ふざけるな! 俺たちはもう一度空を飛ぶために、誰よりも速い機体を造るために全力を尽くしているんだ。それを笑おうなんて、踏みにじろうとするなんて許すもんか!」


ニールは怒りのあまり肩を震わせ、悔しさのあまり目から涙を流した。


全員で造り上げようとしている誇りあるものを汚された想いはニールの胸を占め体を駆り立てた。


急くままにニールは走り出し、仲間たちの間を抜けて、落ちていた石を引っ掴む。


「あんたが笑ったものは絶対に下らなくない! 捨てたもんじゃない! 待っていろ、あんたが馬鹿にしたもので空から引きずり下ろしてやる!」


想いのまま力一杯に石をクリスへ投げる。


石はすぐに勢いをなくして海へと落ちたが、ニールの気持ちは増すばかりで収まらなかった。


気持ちがクリスに伝わっているかさえわからなかったが、それにも関わらずニールは叫んで、決意を宣言するようかのように訴えていた。

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