第23話 オリーブ

ニールが目を醒ますと辺りは真っ暗だった。


暗闇が深すぎてライトは光の筋を作るだけで役に立たず、かろうじてハルの顔と床だけが見える。


床はコンクリートのようでとても冷たく、風が吹き抜けているようで轟々と音が響いていた。


「ハル、俺たちどうなったんだ?」


「わからない。あたしも気づいたらここだった」


ニールが頭を掻きながら体を起こしライトで見回してみる。


それでもコンクリートしか見えず、大きな柱が列をなしている光景しか見えない。


自分たちがどこにいるのか見当もつかなかった。



ところがニールは現在地よりも重大なことを思い出した。


自分がフィンを履いていることがそのことを物語る。


「空気だ、海底を泳いでたのに空気がある!」


「そう、あたしも不思議なんだよ。どうしてここだけ水が沈んでいないのかわからない」


酸素タンクとレギュレーターは遠く転がっていて、ニールもハルも今は何も背に抱えていない。


それでもこの場所では道具を借りずに息ができて、話すこともできる。


地上と同じように過ごすことができて、海底とは思えない場所だった。



ニールがさらに見回すとさらに不可解な光景を目にした。


目の前にはたった一本の木がコンクリートを突き抜け生えていたのである。


「木がある」


意外すぎたのかニールの声は裏返っていた。


ハルも驚きながら尋ねる。


「何の木かわかる?」


「いや、詳しくないんだ。でも地上でも見たことがあるような気がする」


木は幹も枝も細くて、色は白っぽい茶色をしていて、葉は細長かった。


緑色で小さい実も見たように思えたが名前まではわからなかった。


「ねえ、この木ちょっと光ってない?」


ハルに言われてニールは目をこらす。


「確かにちょっと光って見えるな。ライトを消しても少しくらいは見えるんじゃないか?」


「その木は特別なオリーブだ」


突然第三者の声がして二人は身構えた。


声がした方を照らすとそこには、癖のない長い黒髪と深紅の瞳が目立つ男が立っていた。


「クリス兄さん?!」


ニールの持つ写真では金髪に映っていたが、今のクリスの髪は真っ黒に染まっていた。


その長い前髪から覗く瞳がぎらりと光る。


黒と深紅がかなり印象に残る外見だった。



クリスの低い声が反響する。


「世界を闊歩する者に警告する。世界を旅するのを辞めてあの小国に留まれ。さもなければ死をもっての排除も辞さない」


「排除だって? 兄さんはもうあのドッグファイトで手を掛けたじゃないか」


「兄とは誰のことだ。私は貴殿の兄弟ではない」


「でもその赤い目は確かに兄さんだ。十年前の写真が証拠だ。俺は兄さんも他の兄弟も助けたいと思って俺は世界を回っているんだ」


「警告を受け入れなければ排除する。この場所も早急に立ち去れ。あの島で大人しく暮らすのだ」


それだけ伝えるとクリスは下がっていき、暗闇に消えていく。


ニールが慌ててクリスを追い始めるがまったく間に合わない。


「待ってくれ、兄さんには聞きたいことがたくさんあるんだ! どうして俺を襲うのかどうして旅を止めようとするのか聞きたいんだ!」


ニールが呼び止めようとしてもクリスは止まらない。


すぐに姿は消えていき、ライトは再び光の筋を作るだけだった。


「くそ、整備場を爆撃した理由だってわかったかもしれないのに。ハルだって問い詰めたかっただろう?」


「そうだね。でも、こうやって警告してくれたってことはニールを襲いたくないって言いたかったのかもしれない」


「襲いたくなかっただって?」


ニールの問いにハルは答える。


「ニールの旅をやめさせなきゃいけない理由があるけど、ニールを殺したくない。だからこうやって警告で済まそうとしてるんじゃないの?」


「……クリス兄さんは俺のことを覚えてるってことか?」


「じゃなかったら、警告だってしないし、あの嵐の時だって助かってないかもしれない。あの時は上空からとどめを刺されてもおかしくなかったんだよ。ニールが撃たれるほどの相手だったら瀕死かどうかだってわかるはずでしょう?」


「……だとしたら、どうして兄さんが俺を襲うのか益々わからないな」


クリスに助けられて今もこうして生きてる。


兄に生かされているのが気に食わなくてニールは言葉に詰まっていた。


整備場を爆撃されたのも、その理由がわからないのも、兄に助けられてるのもニールの悔恨となっていた。


「この木、オリーブって言ってたよね?」


ハルは微かに光を帯びる木を言った。


「ああ、だけどここに用はない。それよりタンクの酸素が切れそうだ」


ニールはタンクを拾って言った。



ニールも特別と言われた木のことも気になっていたが、時間のない今は忘れることにして歩き出した。


しかしその時、ハルはニールの体が木と同じように光を帯びているようにも見えたが本人には伝えなかった。


確かめようとしても光は微かであってライトが当たったようにも見えたので気のせいだと思い込んでいた。



二人が落ちてきたところを見つけると、そこから海が広がっていた。


どうやら木が自生していたところはドーム状に空気があるようで、中には海水が入ってこないらしい。


簡単にドームの外へ出れるようで、二人は海面へ足を下ろすのと同じように海へと戻った。


そしてドームに落ちてきた時のように、一つしかないタンクを分けてレギュレーターを交互に吸いながら浮上した。


もう穴の底への水流はなかった。



鉄の棒が敷かれた道に戻って先を進んでいると、開けた場所に出た。


階段を通って上を目指すと、ようやく太陽の光が差し込むところまで戻ってくる。


ガラス張りの建物が沈んでいるところまで戻ることができた。



一度海上へ出ようと上がっているとニールは青い世界の中に赤色の何かを見付けた。


目を凝らしてみるとそれは沈んでいるクリムゾンレッドだった。


クリスに警告された直後だったが、ようやく目的の機体を見つけるに至っていた。

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