第10話 ドッグファイト、本当の必殺技
二人がヘッドオンして決闘は始まる。
ニールは猛スピードで視界の横を過ぎ去っていく飛行艇を見た。
ところがペテロの機体の様子が変だった。
過ぎ去った機体はこちらのように水平ではなく、捻りながら腹を見せていた。
少しロールしながら上昇……つまり、昨日ニールがやってみせたようにシャンデルの軌道を取っていたのだ。
「あいつ、フライングかよ!」
ペテロの機体が、半身捻った宙返りしてニールの後を取る。
ニールはペテロの卑怯な手に舌打ちするが、敵は容赦なく機関銃を撃ち放つ。
船首から放たれた20ミリの弾丸がクリムゾンレッドを襲った。
ニールは機体をバレルロールさせて弾を避けた後、背面のまま海へと降下させる。
真っ逆さまに海へ落ちた後、海面すれすれで操縦捍を引いて船首を起こした。
ニールの足に向かって強いGが掛かり、頭への血流が弱くなって視界が色を失い始めた。
後続を振り切るつもりで急降下したが、ペテロはまだニールの後を食らいついていた。
まだ機関銃の雨に晒される。
「なるほど、搦め手に甘える割にはやる」
ニールがしつこい猛攻にニヒルな笑みを浮かべる。
後方を何度か確認しながら水面近くを飛んでいた。
しかし機関銃の弾はクリムゾンレッドを掠めるばかりで何発撃っても命中しなかった。
ペテロ側とすれば水面ぎりぎりに飛ばれると、機首を下げて狙いが付けられないので当てづらい。
フロートの高さのあるニールの機体と比べて、高さの低い飛行艇に乗っているとは言え、ペテロは命中させられなかった。
「くそ、少し弾を撃ちすぎたか」
ペテロが残弾を気にして目を逸らした途端、ニールの機体が一気に上昇を始めた。
少し遅れたペテロが慌ててニールを追っていく。
二機揃って、宙返りの軌道へ入った。
ニールが動いたのは宙返りの頂点、機体が背面になった瞬間だった。
操縦捍を大きく左に傾け、右のラダーペダルを強く踏み込む。
右エルロンが空気抵抗となってラダーと共に強いロール力になる。
すると機体はそれまでの軌道を無視して右滑りし、鋭い角度の軌道を描いた。
ニールは浮遊感を胸に抱えながら、敵機の横腹を見た。
ペテロの驚いた顔をほくそ笑んだ後、ペテロの背後を取る。
状況が一変して、ニールが攻めに入った。
「チェックメイトだ!」
決め台詞を叫ぶ余裕さえあったニールだったが、機関銃を撃とうとした次の瞬間、ペテロの機体のキャノピーが開いた。
ニールが怪訝に思うよりも先にそこから手が伸びて何かを投げられる。
何を投げたのかすぐには捉えられないほど小さなものだったが、ニールがはっきりそれを視認すると、すぐに操縦捍をいっぱいに引き上げた。
そして次の瞬間、機体の真下で大きな爆発が起きた。
クリムゾンレッドは火に囲まれ、爆発の衝撃波に襲われた。
ニールを襲った爆炎は、上空を見上げていた観衆にも見て取れた。
あっと声が上がり、エステルも席を倒さんばかりに立ち上がる。
誰もがクリムゾンレッドの動向を見つめていた。
炎の中からニールの機体が出てくるが、まだ飛べるかどうかは定かではなかった。
真っ逆さまに降下しているのでもう飛べなくなったかと思われたが、しばらくして軌道を水平に変え始める。
ニールは咄嗟の判断でフロートを盾にして、ダメージを最小限に留まらせていたのだ。
「何でもありのルールとは言え、爆弾まで使うなんてな……悪戯の件と言い今度の件と言い、あの野郎……」
ニールは先程までの表情とは変わって、鷹のような鋭い目をしていた。
今まではドッグファイトの最中だというのにどこか余裕で楽しんでいる様子さえあったが、今はもうない。
まだ補助フロートが片方だけ尾翼下にくっついていたので、ニールはそれを操縦席から拳銃で撃ち落として、忌々しく上空のペテロを見上げた。
そして、操縦席に座り直すと、スロットルを全開にして加速させた。
フロートがなくなった機体は一気にスピードに乗り、ペテロの飛ぶ高度まで上昇した。
ペテロもニールの接近に気付いて、機首を正面に向けた。
二機は再び向き合ってヘッドオンの状況になる。
ペテロは先程のようにタイミング良く空中機動してニールの背後を取ろうとしていた。
しかしニールは何も考えずにスロットルを握る手に力を込めていた。
特別な空中機動をするつもりもなく、ただ機体を限界まで加速させる。
空気抵抗になるような操作を一切なくし、真正面から豪速でペテロに近付いた。
「来なペテロ。格の違い見せてやる」
後方からエンジンの轟音がニールの耳をつんざく。
機内にまで風が切る音が響くほどにエンジンを駆る。
速度計が振り切れるほどに速さで近づくと、ペテロに距離を悟らせないまま射程距離に飛び込んで、機関砲を鋭く撃ち込んで命中させた。
ニールがすんででエルロンを切って二機はすれすれに交差する。
ペテロ機のエンジンから出たオイルを切ってペテロを背後にすると、ニールは慣性のまま機体を飛ばしながら振り返らずに言った。
「俺が本当に得意なのはマニューバでも何でもない、ただの正面からの勝負だ。目だけはいいって言ったはずだろう?」
ニールは眉をひそめたままぴくりとも動かさなかった。
言葉を呟いてもその口元はほとんど動かず頑なだった。
ペテロにその言葉が届くことなく、黒煙を上げる機体と一緒に落ちていった。
ペテロの機体が撃墜されたのを見て、観衆は大きな歓声を上げた。
それぞれが腕を高らかに上げ、誰かと抱き着いてジャンプしたりしている。
エステルも柄にもなく両手を上げて喜んでいて、ネロだけが呆然と立ち尽くしてから膝から崩れ落ちた。
メフィストはじっとクリムゾンレッドの描く雲を見ていたが、その表情は喜んでいるとも悲しんでいるとも取れない複雑なものだった。
眉を寄せ、目を見張って、口を頑なに閉じたまま真っ直ぐに立っている。
エステルがメフィストの様子に気付いたが、何を考えているか想像できなかった。
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