第9話 決戦の舞台、マグメイルの人々

約束の日になって、ニールとエステルはロとの約束通り「アメリカ」の前に集まった。


着いた頃には既にマグメイル中の住人が集まっていて、埋め尽くさんばかりに人だかりができている。


どうやらネロがニールとの勝負を見せ物にして一つのイベントにしてしまったようだった。


ある店では、ニールとネロの刺客のどちらが勝つか予想して賭けが盛り上がっている。


イベントのステージまで用意されていてお祭り騒ぎだった。


「さあニール・マクワイアとその賭け金エステル嬢が到着されました! 赤い水上機から挑戦者が二人が降りてきます!」


実況までいるようで、騒がしく状況をリポートしている。


ニールは街の騒々しさに嘆息しながら、ネロの待つステージへと上がった。


胸を張って立っているネロに文句を言う。


「一昨日の晩はよくもやってくれたな」


「何のことだね?」


「とぼけやがって。それになんだよこの騒ぎは。俺は見せ物をしにきたんじゃねえぞ」


「いいじゃないか。私たちだけで済ませるにはつまらない。みんな君が負けるところを見たいのだよ」


「言ってろ」


進行役がニールとネロの間に立って叫ぶ。


「それではこれよりネロの用心棒ペテロとニールの勝負を始める! ルールは特にない。ヘッドオンからドッグファイトを始めて、先に相手を落とした方が勝ちだ!」


「ペテロ?」


どこかで聞いた名前にニールは首を傾げる。


ネロの隣を見ると、昨日ごろつきに絡まれた時の腕利き、別名「紅色の使徒」と呼ばれるパイロットが立っていた。


「また会ったなニール。ネロの代わりに戦うのはこの『紅色の使徒』だ。昨日の手はもう食わねえぜ」


「誰だったか思い出せない」


いつかと全く変わらない様子で崩れるペテロ。


「ちゃんと人のこと覚えろよ!」


「ごめん印象薄くてさ」


「それでは賭け金を!」


進行役がニールとペテロの話を打ち切って行程を進める。


ステージに置いてある椅子にエステル、反対側の椅子にメフィストとエステルの母が座った。


エステル側にはもう一つ空席があったが、そこにはニールと思われる人形が座らせられていた。


目付きが悪くて、舌を出している金髪の人形が奴隷服を着させられている。


「……不細工な人形だ。あれが俺の代わりかよ」


「あら似てると思うけど」


エステルの意見にニールは眉を曲げた。


そのニールにネロが叫ぶ。


「いいか、負けたら二人共私の奴隷だ。逃げるんじゃないぞ」


「お前こそ覚悟しておけ。俺が勝てば奴隷二人を解放、エステルの母親に掛かってた借金までチャラだからな。さあ早く始めようぜ」


ニールは自らの人生が決まってしまうかもしれないというのに、緊張もなく不敵に誘う。


対するネロはそんなニールを嘲るように口を緩めていた。


司会がマグメイルの人々に大声で告げる。


「さあ皆さん! 今からネロ様の奴隷二人と、東洋のパイロット達の人権を賭けた決闘が執り行われます! ネロ様の率いるパイロットは『紅色の使徒』の異名で知られるペテロ!機体名は、冥界より目覚めし漆黒の翼!」


司会の声でマグメイルの歓声はあがる。


黄色い声の中でニールは「なげえ機体名」と呟く。


「対するのは、自身の人権さらに一人のウェイトレスの人権を賭けて挑むニール・マクワイア! 機体名は――」


司会は一度アナウンスをやめてニールに聞く。


「機体名は?」


「……クリムゾンレッド」


「――クリムゾンレッド! 赤い水上機乗りがネロ様に挑みます!」


マグメイルの歓声は再びあがる。


ペテロの紹介より弱いように聞こえたが、ニールは意にすら返さなかった。



ニールは話を手早く終わらせてステージを下りた。


人だかりを掻き分けて、自分の水上機へと戻っていく。



ネロに雇われたペテロも機体に乗る。


昨日乗っていた水上機とは違って、今日の機体は青色の飛行艇だ。


補助フロートの付いた主翼の上に、二基のエンジンが片翼ずつに載っていて、その後部に垂直尾翼と水平尾翼が付いている。


ペテロが操縦席からそれらのエンジンをクランクも使わず始動させると、威勢の良い音を響かせながらプロペラを回し始めた。


「良い機体じゃねえか」


こちらもエンジン始動を終えたニールがペテロの飛行艇を見ながら呟く。


操縦席に乗り込んで五点式ベルトを締めた。



飛び立つ前にニールはステージのエステルへ振り向いた。


エステルは心配そうな表情でこちらを見ている。


大事な勝負を直前にしてその表情は無理もなかったが、ニールは不敵に親指を立ててエステルに見せる。


それを見てエステルは勇ましい表情に改め、ニールへ頷いて見せた。



それぞれの機体が加速を始めて海から飛び立っていった。


十分高度を上げた後、二機は互いに転回して向き合う。


勝負を始めるためにそれぞれがヘッドオンに備えた。


「二機が擦れ違ったら勝負開始だ」


ステージ下から誰かの言葉が聞こえてきた。


ざわざわと騒いでいた観衆だったが、試合開始を目前にして静かになっている。


ステージのエステルやネロ、メフィストも眉をぴくりとも動かさずに二機の小さな機体を見守っていた。

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