第8話 機体にかける想いと語られない気持ち

夜になってマグメイルは暗闇に包まれた。


いくつかの電灯が街を照らしているが、明かりの数が足りていないので、外はとても暗い。


人も外に出ておらず眠っているので少しの騒々しさもなく、風が棟の間を抜けていく音がやけに大きく響いていた。



そんな暗闇と静寂の中でもニールとエステルは水上機の修復を続けていた。


一日ずっと修復作業に追われていて、疲れもたまっていたし、汗だくになっている。


ランプの灯りだけで点検と整備を行っていて、作業はさらに追い込まれている。


しかし、その甲斐もあった。


「ふぅ……どうにか一区切りついたよ」


ニールが翼の上で大の字になっていた。


エステルは片側の翼で額の汗を拭う。


「これでどうにか飛べるほどにはなったかしら」


「そうだな。あとは元の性能がどれほど出せるかだ。代替パーツじゃやっぱり限界もあるけど」


「存分に戦えそう?」


「戦えるはずさ。きっとエステルのおかげだろうな。俺一人だったら、途中で諦めてたかもしれない」


ニールが素直に感謝を言うと、エステルは照れ臭そうに顔をそらして口を緩めた。


エステルは肯定はしなかったがそれは事実だった。


ニールは作業の途中、修理がうまくいかず負けてしまうことを予期し始めていた。


諦めさえしなかったが、失敗して死んでしまうことさえ考えていたのだ。



そのニールをエステルが励まさなければまだ状況は悪くなっていたかもしれない。


どこかでニールの心が折れていたかもしれなかった。



ニールの水上機が直っているのはエステルのその甲斐もあった。


元の性能には及ばないが、全力で操縦したとしても大きな負担が掛からないほどには至っている。


夕方に一度だけ試験運転したが、さほど問題なく飛べていた。


アクロバットした時の感覚が変わっていて、操縦桿の反応が遅くなっているが戦えないほどではない。



修復作業が一区切りつき、今日はもう休養を優先すべきかもしれなかった。


ニールは体を起こしてエステルへ向く。


「機体はもう大丈夫かもしれないな。エステルは帰って寝ててもいいぞ」


「でもニールはどうするの? 帰らないの?」


「また悪戯されるかもしれないだろう? だから今日はコックピットで寝るんだ」


「それなら、毛布とか持ってくるわ」


「いいよ。旅の経験が長くて慣れてるんだ」


ニールは笑って答えたが、エステルは返事しなかった。


何か言いたいことがあるのか、すぐには帰ろうとせずに翼に座ったままいる。


口を固く閉じて、Tシャツの裾を握り締めていた。



何を考えているのかわからずニールは怪訝にエステルを見ていた。


どうしたのか聞こうとしていると、エステルは口を開いた。


「一つ聞いていい?」


「なんだ?」


「この飛行機のこと。ネロと話してた時、自慢の機体って言ってたじゃない。文献から再現したとか何とかって」


「そんな面白い話じゃねえよ」


「でも愛着あるんでしょう?」


エステルの追求でニールは答える気になったのか、昔のことを思い出すように空を眺めた。


夜空にはオリオン座や北斗七星、北極星などの星座が満天に浮かんでいる。


ニールはそれを眺めたまま話し始めた。


「実は、家族がばらばらになった後、俺はある一家の元で暮らせることになったんだ。一人になって困ってたら、うちに来ないかって」


「優しい一家だったのね」


「そうだな。どこぞの知れない子供を助けてくれたんだからな。感謝して恩返しもしたよ」


「それで?」


「その一家が家族で整備屋をやってたんだよ。これがなかなか変わっててさ、家族全員が機械にどっぷりなんだよ。中でもその子供は女なのにエンジンばっかり作っててさ、しかもすぐに暴力に走るんだぜ? 助けてもらっておいて何だけど、さすがに引いたよね」


ニールは家族の狂気さを思い出して表情を歪める。


エステルもその表情を見て、苦し紛れに笑った。


「そんな家族の元で暮らしてからある日、俺は飛行機の文献を漁っていて、この機体のモデルになる飛行機を見付けたんだ。変わった形をしてるのに格好良くて惹きつけるものがあって、どうにか再現できないかって思ったんだ。それから俺は製作資金を稼ぐためにエアレースに出始めて、幼なじみのエンジン馬鹿に作ってもらったんだ。だからこの飛行機は他よりもずっと大切なんだ」


「ふーん」


ニールが楽しそうに話しているのをエステルは静かに聞いていた。


話が終わっても黙ったままで、何故か神妙な表情で唇を強くつぐんでいた。


しばらくしてニールが沈黙に気付いた頃、エステルはようやく容赦なく言い放った。


「確かに珍しい形だけど、私は格好良いとは思わないわね」


「ひっで!」


「でも、どれだけ思い入れがあるのかわかったわ。そんな機体で挑むんだもの。勝負は安心できそうね」


エステルは可笑しそうに苦笑しつつも真っ直ぐに気持ちを伝える。


改めて明日のことを託したくなったのか、手を差し伸べた。


ニールは照れくさそうに頭を掻きながらエステルと握手を交わした。


「さあ話は終わりだ。早く帰って休みな」


「良い話が聞けたわ。ニールもゆっくり寝てね」


エステルは笑って手を振ると、水上機を降りて、走って桟橋を後にした。


ニールはその様子を見ながら口元を緩め、エステルに言われた通り、早めにエンジンカウルを閉めた。

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