第3話 完全犯罪
街頭が照らす下だけが地面がそこに在ることを主張するくらい星の無い夜、俺はそこに佇んでいた。
まだ暖かさの残る季節だと言うのにコートを着込みブロック塀に体重を預けていた。
何度もコートの中で包丁が在ることを確認しながら俺はその時を待つ。
「大丈夫だ。俺は逃げられる…」
頭には帽子を被り髪の毛は落とさない、殺したら直ぐにコートと包丁は捨てて逃げる…
指紋を残さないように慣れない手袋をしているからか手に汗が出続ける…
「きた…」
そこに歩いてきたのは学生であった。
その姿を見て懐かしい気持ちが込み上げるが握る包丁の硬さが現実へ引き戻してくれる。
俺は無言で歩き出す。
「ごめんな…でも…仕方無いんだ…」
相手にではなく自分に言い聞かせるように告げてコートの中から包丁を学生の胸元へ突き立てた。
致命傷になるように刺さりきった状態から更に柄を押して深く沈める…
「な…ん…で…」
肺から出血した血が口から溢れたのだろう、それだけを言い残して学生は目を見開いたまま前に倒れてくる。
それをかわして真っ直ぐに止まることなく歩き続ける。
やがて路地を曲がり予定していたゴミ捨て場に着ていたコートを脱ぎ捨てて同じペースで焦ること無く真っ直ぐに歩き続ける。
学生と俺に接点は無い、住む場所も何駅も離れ証拠は一切残っていないはず。
達成感に口元が歪みそうになるのを必死に歯を喰い縛って耐えながら駅へと辿り着いた。
怪しまれないように普通に切符を購入し中へと入る。
生まれてから続いたこの縛りから解放された事を確認するように殺すのを止めようと考える…
「透けない…やった…遂にやったんだ…」
自らの手のひらを見詰めながら口にした俺は一歩ずつ階段を上がっていく。
「おっと失礼…」
後ろから横を通り過ぎたおっさんの肩がぶつかりバランスを崩す…
足を踏み外した俺の体は真っ直ぐに後ろへと落ちていき階段を転がり落ちる…
全てがスローモーションに見えた…
「大丈夫ですか?」
「えっ?あっはい、平気です」
仰向けに倒れていた俺は近くにいた駅員に声を掛けられて我に返った。
「いちち…」
「救急車呼びましょうか?」
「いえ、大丈夫です…」
そう言って立ち上がり少し擦りむいた肘を擦って無事な様子をアピールし、一言お礼を言ってから再び階段を登り始める。
俺のその様子に安心したのか駅員もそれ以上なにも言わずに何処かへ去っていった。
「ふぅ…ここで何かあるともしかするかもしれないからな…」
自分はついさっき人を刺殺したのだ。
だからこそ何事もなくここから離れなければならないのだ。
そして、俺は電車に乗り自宅へと帰るのであった。
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