第9話

 太陽燦々[さんさん]とする真夏の午後、吉田家は芝のきらめく自宅の庭にて、バーベキューをしていた。清涼感溢れるパラソルの下、網の上の食材が無駄にならないよう邦彦は注意を注ぎ(焼キスギナイヨウニシナイトナ)、その周りを家族が囲んで眺めていた。邦彦の黒々とした顔は輝く笑顔を浮かべていたが(イヤー、ホント、暑イ!)、三人は魂の抜けたような顔をしていた。邦彦一人が元気だった。

「このフランクフルトなんか、そろそろ食べられるぞ」


 邦彦がトングを使ってフランクフルトをひっくり返すと、無言で達也が手を伸ばす(ハア・・・・・・)。春子も手に取る(ハア・・・・・・)。


「玉ねぎとピーマンも焼けてきたぞ、ほらほら」邦彦が野菜をいじくる。紀子は青ざめた顔して皿に載せる。


「それにしても豪勢な食材だ。今日は母さんのファインプレーが利いているな」頬に汗を伝わらせて、邦彦が笑いながら紀子の顔に目をやる。


「そうですね」紀子は歪んだ笑いを浮かべて(ハア・・・・・・)、ひきつった声を出す。


「なあ、そうだろう、そう思わないか?」


 邦彦が二人の子供に目を向けるも、二人は目を伏せたまま静かに頷くだけである。邦彦は気にせず(コイツハ困ッタナ)、網の上に横たわる海老をひっくり返す。


「おっ、海老もいけるぞ。ぷりぷりぷりの海老もいけるぞ」邦彦が声を出すと、気の沈んだ三人は従うように海老を皿に運ぶ。


「こうして家族全員でおいしい食卓を囲うのも、いつ最後になるかわからないからな、ほらほら、イカも好い具合にいかしてるぞ」邦彦がイカをつまんで子供達の皿に乗せると、紀子と春子が涙を流し始める。


「おいおい、二人とも何泣いているんだ。いいかい、泣いてちゃ食べ物もちゃんと味わえないぞ。なあ、達也」邦彦は変わらず笑顔を浮かべている。


「父さんは元気だね」達也がぼそっと言う。


「あたりまえだ、一家の主に元気がなくて、家族が明るく過ごせるか? おれは馬鹿だが、元気だけは誰にも負けないぞ! ほら達也、せっかく母さんが食料を貯めこんでくれたんだから、どんどん食え! 人間、物を食えば元気になるぞ」


 邦彦はとうもろこしをひっくり返す。紀子はさらに涙を流す(ウウウ・・・・・・)。


「父さん、偉そうにしてないで、カルビ焼いてよ」とうもろこしをつかんで達也は言う。


「おお、悪い悪い、肉が足りなかったな」邦彦は赤い厚切りの肉を網の隙間に並べる(ヨシ、タクサン焼イテヤルカラナ)。


「でも、父さん、なんでうちの家はこんなに食材が残っているの? 世間じゃ食糧不足がひどいって騒いでるのに・・・・・・ 父さんの会社から持ってきたの?」


 達也が妙に口を動かしながら言う。


「違うぞ、母さんがお前達のためを思って、大型の食料品店で大量に買い込んで、冷凍しておいてくれたからだ。父さんの会社なんか、輸入がとっくにストップして、外から食材なんか入ってきやしない。日本の網被害は少ないが、他国はすでにぼろぼろで、輸送経路が壊滅しているんだ。日本もじきに網に襲われるだろうが、襲われなくても、食料自給率の低いこの国じゃ多くの国民を養いきれず、食べ物がなくなってひどい有様になるだろう」


 邦彦は一度紀子の顔を見て(オマエハ立派ナ母親ダ)、笑いながら子供達に話す。


「わたし死ぬのもイヤだけど、食べられないのはもっとイヤ!」春子が大声をあげて泣き出す(アアン!)。


「じゃあ父さん、バーベキューなんかしないで、少しずつ食べていけばいいじゃん。バーベキューなんかしたら、煙の匂いで食料があることばれるよ」達也が箸を止める(会社ガ潰レタカラ、頭ガ働カナインダ!)。


「ああ、もちろん達也の言うとおりだ、けどな、こそこそと隠れて食いつないでも、食料がなくなる前に網に襲われちゃ、元も子もないからな。それなら、いっそのこと食料を早めに使い切ったほうがいいんだ。持ってれば人々に狙われるだろう、それなら、水や塩、砂糖などで食いつなぐほうが安全だ。独り占めしてしまえば、そのつけがまわるものなんだ。わかったか? 達也」


 邦彦は家族それぞれの皿に牛肉を乗せる(アア、カワイソウナ子供達ヨ、我慢シテオクレ)。


「それはわかるけど、ぼく達家族は人の倍は食べるんだから、飢え死にしちゃうよ」


 汗を飛ばして達也が大声をあげる(父サンハ馬鹿ダ!)。紀子は涙が止まらない(アアアア)。


「たしかに我が吉田家の食欲は並大抵じゃない。食欲を取ったら何の取り柄も残らないと言われても、まったく反論できない。でも、大丈夫だ。他の人々に比べて脂肪がたっぷりあるから、ちょっとやそっと食べないぐらいじゃびくともしない。それに人間なんて、水さえ欠かさなきゃけっこう生きれるものだぞ」


 邦彦は豚バラ肉を焼きはじめる。


「でも、おなか減るよ」達也は涙声になる。


「我が家は他の家庭に比べて、三倍以上も食べてきたんだから、その分我慢しないといけない。それに腹が減ったら、父さんの分もあげるぞ」


 邦彦はさらに鶏の手羽を焼き始める。


「家族の内で一番食べているくせに、何言ってるんだよ」達也が腹だたしく声をあげる。


「まあそんなことより、今はたらふく食べようじゃないか、そろそろ匂いをかぎつけて人々が集まってくるだろうしな。まったく因果なものだよな、たった四ヶ月前は平気で食料を捨てていた国民が、今では賞味期限切れの食べ物を争い、喜んで食い求めるんだから」


 邦彦がさらに野菜を隙間なく載せる。


「父さんは馬鹿だよ」達也が泣きながら肉を食べる。


 家の中にチャイムが鳴り響く。


「父さんはな、おまえ達がおいしそうに食べる姿が、なによりも大好きだ。家族が元気に食事する姿ほど幸せなものはない。特に子供達は他人にからかわれるほど食べたが、おまえ達は一度だって、食べ残すことはなかったもんな、それは立派なことだよ・・・・・・ さて、誰かがやって来たみたいだ。よし、おまえ達、食に関して何倍も誇りを持ってきた我が吉田家らしく、気前よく人々にふるまってあげよう。いやしく見られる体であっても、他人に分け与えることが出来ないほど、いやしい心ではないことを見せよう。食に対して愛着を持ったわたし達らしく、分厚い胸を堂々と張ってもてなそうじゃないか」


 もう一度チャイムが鳴る。三人は胸がつまって食べ物が通らない。


「さあ、母さん、お客さんを庭に案内してやってくれ」




 その日の夜、底引き網が日本列島を裸にした。

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酒井小言 @moopy3000

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