第8話

 針・鉤・銛の小物らも降るようになり、世界はさらに混乱を極めていく。人類は対策を練るも、実行に移すべく為に必要な製造施設が、準備する間もなく網に破壊されてしまった。


 インフラ設備もじわりじわり磨り減り、修復する設備および人員も作業中に網に攫[さら]われてしまい、人類の回復機能は網による乱獲に追いつかず、またその回復機能も損なわれていった。人類の首脳である選ばれた人間達は地下に身を隠し、連絡を通じ合って対策を講じるが、実際の実行力に欠いていた。


 八月になると、追い打ちをかけるさらなる三つの網が現れた。


 ある日の夕方、ロンドン、ヒースロー空港を飛び立った旅客機がロサンゼルスへ向かうところ、大西洋上空で突然網にぶつかった。衝撃を吸収するその網は非常に柔らかく、機体を損傷することなくゆっくりと受け止めて、頭と羽に網目を絡ませた。それを皮切りに、大西洋を渡る航空機が次々と網にからまった。どういう原理かわからないが、巨大な浮子[アバ]が横へ線になって上空に連なり、その下には波立ちの少ないオーロラのごとく、透明がかった白色の網が揺れていた。網はアイスランド近辺から緯度に沿って走り、その長さは約九千キロにも及び、悠々と大西洋上で待ち構えていた。とつてもない規模の刺網だった。


 また同じ日の深夜、スペインのアンダルシア地方にとてつもなく巨大な網が降ると、強大な地震を起こしてスペインのほとんどの建物を足元から崩し去った。地震は地球の裏に届かんばかりの規模だった。幅二百キロはあろう巨大な網は東へ向かって移動を始めると、アルプスをものともせず乗り越えた。フランス、スイス、チェコ、ポーランドを飲み込んで進むと、モスクワを飲み込んで空高く消えた。ヨーロッパ上には夜のうちに極太の線が一本引かれて、地表がまるまる禿げてしまった。それは底引網に引きずられた跡だった。


 それと同じくして、巨大な浮子が北アメリカ東海岸のはるか上空、無数に浮かんで円を描いていた。円の直径は千キロに及んだ。明け方になり、浮子の下に網が突然姿を現すと、ゆっくりと円が縮まり、内に押し寄せて、ニューヨークを飲み込んでから上空へ消えた。とてつもなく巨大なまき網が、北アメリカの大地に圧倒的な円を印した。


 一夜にして膨大な量の物──生物・機械・建物・資源──が地球から奪い去られた。馬鹿々々しいほど単純な網の物量に、人類ははっきりと絶望を実感した。行方不明者は一億を軽く突破した。

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