第7話

 蒸し暑い小雨が降るその日、学校では犠牲になった若い二人に黙祷がささげられた。達也は身近なクラスメイトが亡くなった悲しみよりも、理不尽に命が尽きる現世の実際の例を身近に感じて、ただ恐れ慄[おのの]くだけだった(アア、突然死ンデシマウナンテ!)。


 それでも日常は二人の死をわけもなく吸い込み、平凡に回り始める。達也は試合の近くなった射的部の練習を終えると、信夫と一緒に三軒茶屋駅からすこし離れたファミリーレストランに寄った。母紀子には「試験勉強をするから夕食はいらない」その旨を伝えてあり、しっかり食事代をもらっていた。


 三人前と信夫の食べ残しを達也がけろりと平らげると(レストランノ料理モウマイナ)、喉元に痰[たん]のかかる甘い飲料水をごきゅごきゅと三杯吸いこみ(プハ、ウマイ)、季節の果物を使ったパフェを注文する(グヒ、マンゴーパフェカ)。栄養が効率よく吸収されない痩せの大食いと違って、達也は見た目通り、飾りようのない大食漢だった。


 信夫は何度も「達ちゃんがいるから、世の中には食えない子がたくさんいるんだぜ?」あげ足をとる。達也はまるで気にかけず(オレノ食欲ハ、オレガ一番知ッテイル)、手の平でなでるようにパフェを食べ終わる。


「木塚も悲惨だよな、玉置と一緒にいたばかりに死んじまうんだから」信夫は嘲[あざけ]るように声を出す。


「二人ともかわいそうだけど、残された両親は特につらいだろうな、あんな映像がネットで流れて」達也が茶をすする。


「達ちゃん、あの槍はきっと、昔のアニメに出てきたグングニルの槍だぜ。もう世界は終焉に向かっているんだよ」テーブルに肘をついて信夫が話す。


「ほんと恐ろしい世の中だよ」達也はため息をつく。


「そろそろでけえロボットが現れて、網を退治してくれるとおれは踏んでいる。蛍光の黄緑やら、水色やら、ピンク色のロボットがな」信夫が人差し指を立てて話す。


「そうだといいんだけどね」達也はさらにため息をつく。


「空から降ってくる網に人間がおびやかされるなんて、いったい誰が考えた? 映画やアニメじゃ、見たこともない兵器や体を持つ、強力な宇宙人が侵略するのに、現実ではただの巨大な網だぜ? それも人間が作った物がただでかくなっただけだろ? 宇宙人に技術を泥棒されて、ただ捕食されたまま人間が滅びるわけがねえ、必ず宇宙人に立ち向かうんだ!」


 信夫はメロン味の炭酸飲料水を口につける。


「ほんとねえ」達也も茶をすする。


「わたし、長島信夫私立高校二年生は、人類に仇なす網を倒すべく、超科学生命体ロボットのパイロットとして、跳びます!」信夫が真面目な顔して敬礼をする。


「ほんとお願いするよ」達也はカバンに手をやる(ソロソロ勉強始メナイト)。


「なんだそれ? 達ちゃんもやれよ! 『わたし、巨漢兵吉田達也は、激烈なる胃袋でもって網と対峙し、旺盛な食欲をもって網を貪り、我ら人類に貢献します! ラーメン!』って、こんな具合によ」信夫は立ち上がり、両手で自分のわき腹をつかんで揺すっている。


「ふん! 馬鹿らしい!」達也は信夫の顔を見ずに(何ガ激烈ナ胃袋ダ!)、テーブルの上へ勉強道具を出した。


「無駄、無駄、馬鹿は達ちゃんだって、勉強したところで、試験が来る前に網が来るかもしれないんだぜ?」信夫は席に座って口に氷を含む。


「試験が来たらどうするんだよ?」達也は英語の教科書に目をやる。


「『先生、網が怖くて勉強できませんでした。どうも自律神経がおちつかなくて、睡眠薬を飲んでも眠れず、勉強に集中できません。手もぶるぶる震えます』って言うさ、そうすりゃ先生もうるさいこと言えないだろ?」信夫が氷を野蛮にかじる。


 猿知恵を吐露する信夫の顔を見た達也は、口をつぐんで教科書を開いた。

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