第5話
射的部の練習を終えて達也が家に帰ると、夕食の用意が整う手前だった。達也はタンクトップと短パンの部屋着に着替えてから、居間の中心に据えられたテーブルに着いた。邦彦が気勢をあげて「入ったか? 入ったか?」プロ野球中継に食い入っている前に、娘の春子がサラダ菜に囲われた大量の鶏の唐揚げと、ベーコンとジャガイモのバター炒めを置く(オ父サンッタラ、手伝ッテクレレバイイノニ)。続いて紀子がスパゲティーサラダとチンジャオロース、お煮しめを置く。どの料理もこんもりと盛られている。達也は座ったまま、テーブルの上に目を向ける(ウマソウナ唐揚ゲダ)。
テレビの電源を消して、四人揃っていただきますをすると、紀子以外の三人はまず唐揚げに箸を伸ばした。
「佐々木さんの通夜があるから、明日は夕飯いらないよ」邦彦が紀子に話しかける。
「あらそうなの、明日はハンバーグにしようと思ったのに」紀子は唐揚げをサラダ菜で巻いて、箸でつまむ。
「おれの分は子供に食べさせてやってくれ」邦彦が口を動かしながら器用に話す(ソウカ、ハンバーグダッタカ)。
「ええ、そうするわ」紀子も同様料理を味わいながら返事する。
「いいなお父さん、お寿司食べれるんだ」ニキビ面に笑みを浮かべて春子が話す。
「食べられることは食べられるが、体面があるから満足に食べられないよ。逆につらいもんさ」邦彦がジャガイモをつまむ。
「ええ? いいじゃないかまわず食べれば、わたしだったら気にせず食べるよ」春子の話す口に、唾液とからまる唐揚げが覗ける。
「そうもいかないさ、春子ぐらいの年齢と体ならみんな納得するが、おれのような痩せた中年男じゃみっともない」邦彦が箸を持っていない手を横に振る。
「ええ、みっともないわ」チンジャオロースをつかんだ紀子も同意する。
「大人は大変!」春子がまた唐揚げに手を伸ばす(ウフ、美味シイ!)。
「そもそも、食べる目的で通夜に行くんじゃないんだぞ。達也、ほら、おまえの中学の同級生に和夫君っていただろう?」邦彦は箸を止めた。
「和夫君って、野球部にいた佐々木和夫のこと?」達也はスパゲティーサラダに目を向けて話す。
「そうだ、その佐々木和夫君の、父親のお兄さんがな、網の沈子にぶつかって亡くなったんだよ。ついてないよな」邦彦は痛ましい顔をして首を傾げる。
「その人が、父さんとどう関係があるの?」スパゲティーを口に入れるまでに、達也はテーブルに三本こぼす。
「その人はおれの会社の部下でな、食料品の在庫管理を主任していたんだよ。神経質なぐらい細かいところに目が行き届いて、仕事に対してとても真面目な人だった。まったく、惜しい人を亡くしたよ」邦彦は再び箸を動かす(イヤ、仕事ノ話ハヨソウ)。
「網って、富士の裾野に降った一昨日の網のことかしら?」紀子は怯えた顔つきをしている。
「ああそうだ。なんでも夫婦でツーリングしている最中に、いきなり降ってきた沈子が前方の道路をふさいでしまい、避けきれなかったらしい。正面衝突だってさ。近頃は網がよく降るから、ほんとにたまったもんじゃない」そう言って邦彦が三人の顔を見ると、返事もせずに黙々と食べている。
「それにしても今日のテヘランの出来事はひどいものだ、まるで人間を弄んでいるかのような有様じゃないか、なあ。おまえたち、空から金が降ってきたら、出来るだけ遠くに逃げるんだぞ」邦彦は米を口に入れる。
「あんなの、金にいやしい人しかひっかからないよ」春子はまた唐揚げに食いつく(ウフフ、ホント美味シイ唐揚ゲネ)。
「いいや、わからないぞ。金の代わりに寿司が降ってきたら、春子なんか大きく口を開けて、空を見上げかねないからな」
邦彦がおどけて話すと、吉田家の食卓に明るい笑い声が響いた。
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