第4話

 六月に入る頃には、世界各地に投網が降りはじめていた。山岳地帯や砂漠地帯、また地方の田舎に降ることが多く、いまだ都心部に降ることはなかったが、それでも被害は相当なものであった。投網の材質と形状はどれも似ていたが、吊り上げられる動きの速さはどれもまちまちだった。


 なかでも中央アジアで確認された投網は変わっていた。木綿で編まれたその投網は他の物に比べて二まわり程小さく、赤く染色されていて、地表に張り付くと間を置かず吊り上げられた。サイズに見合わない機敏な動きをして、何度もゴビ砂漠に降っては容赦なく地表の物を吸い上げた。“赤網”という見たまんまの名前をつけられて、中央アジアの人々に恐れられた。


 また“青網”という名前の通りの投網がアフリカに現れた。赤網とは逆の性質を持ち、三倍の大きさを持っていた。動きがとろいだけならまだしも、吊り上げられている最中に、突然地上に落下することが何度もあった。はるか上空から重力を得た網は地上に叩きつけられ、巨大な水滴のごとく爆ぜて地上を揺るがした。捕らわれていた物は粉々に砕けてしまい、無残な塊に混一されてから再び宙に吊り上げられた。北アフリカのオアシスの一つがまるまる捕らえられ、砕かれ、たわいもなく消滅させられた。


 網による行方不明者が十万人を突破した。人間は投網対策を練り、吊り上げられる前に網の上部を切断、あるいは破壊することを考えた。ところが全ての投網の動きが学習したように素早くなり、地上に降るとすぐに吊り上げられるようになった。ましてや突然降ってくる網の予測がつかず、対処する前に上空へ吊り上げられてしまい、切り離せば地上に叩きつけられるだけであった。地球の資源を助けることはできたが、生物の命は助けることができなかった。


 世界中が投網に動揺する中、イランの首都テヘランにある出来事が起きた。三週目の休日の午前中、空からオリーブほどの金の粒が降り始めた。通り雨のように狭い区域内に集中して降ると、激しい金の飛礫[つぶて]は十五分ほどで止んだ。情報はインターネットサイトのつぶやきを介して瞬時に世界中へ伝播し、多くの人間が狂喜して金を求めて集まった。


 すると金の粒が降りだしてから三十分後、網が空からぬっと現れて、金をかき集める人々をさらいだした。投網とは違った柄つきの丸い網は、建物を気にすることなく無造作に地表をすくうと、すっと上空へ引っ込んで消えてしまった。とてもあっさりした網だったが、なにしろ数があった。直径二百メートルほどの玉網[たも]が八本もあり、消えてはまたすくいに、何度もあらわれた。被害は甚大なもので、テヘラン中心部の繁華街は瞬く間に壊滅した。

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