第3話

 連休が明けて達也は高校に登校した。生徒は皆ブレザーを脱ぎ、セーターやカーディガンを着て通学路を歩いている中、達也一人半袖のシャツを着ていた。


 蛍光灯の点いていない朝の教室では、ところどころに固まったそれぞれのグループが、高尾の網について話していた。七人ほどで囲う男女のグループの一人は、後頭部の突き出た頭を働かせて、友達の友達の親戚の父親が網にさらわれたと、鼻腔を広げて得意そうに話している(マア、実際ニ会ッタ事ネエケド)。達也は耳をそばだてながら(ヘー、ソウナンダ)、一番後方の窓際の席に着いた。


 机の上をうっすらとした埃が覆っている。すぐに小柄な男子生徒が達也に近寄り(ウワッ! 朝カラ臭ッテルヨ)、目の前の席に座った。


「おっす! 達ちゃん、夏を先どりかい?」


 長嶋信夫というこの男子生徒は窓にもたれかかり、イスの背もたれに腕をかけて間の抜けた微笑みを浮かべ(達チャン、コノ時期ニ薄手ノ半袖一枚ハ、有リエネエヨ)、脂の浮いた達也の顔を見る。


「おはよう信夫。夏も何も、暑いんだよ」


 達也も笑って信夫に返事をした(涼シイ顔シヤガッテ、太ッタ人ノ気持チガワカルモンカ)。


「玉置がよ、さっきから女子の前で網について話してさ、調子づいてんだよ。あの法螺吹き野郎、またありもしないこと言って、女子からの人気を得ようとしてるんだぜ。なんで女子は法螺吹きが好きなんだろうな、不思議だよ」


「なんだか、知り合いの父親が網にさらわれたんだってな」達也はカバンから教科書を出して(サッキノハ嘘カ)、机の中に入れる。


「なんで達ちゃんが知ってんだよ」信夫の目はかすかに大きくなる。


「教室入った時に聞こえたんだよ」次にナイロン製の黒い筆箱を入れる。


「あれ、ぜってー嘘だぜ」信夫が達也の机の上に毛の薄い腕をかける。


「どっちだっていいじゃんか」達也はティッシュを取り出すと(ダイブ埃ガ溜マッタナ)、丁寧に折りたたむ。


「よくねえって、嘘ついて女子の人気を得ようなんて、ずりーよ」信夫は口を尖らせて話す。


「別にいいじゃん、しゃべったもん勝ちだろ」達也は机の上を拭く(ソンナニヒガムナヨ)。


「それよりもさ、達ちゃんのブログ見たぜ。目の前で網を見たんだろ? どう? やっぱりすげー?」信夫は体を前に出して、達也の顔を覗き込む(アッ、ソウダ!)。


「ああ」達也は信夫の顔を見ない。


「おい、木塚! 達ちゃんが網を実際に見たんだってよ!」


 信夫が玉置のグループにいる女子生徒に声をかけると、前髪の揃った木塚は達也に顔を向けて、「えー、本当なの?」高い調子の声を出す(フフフ、達チャンガ?)。


 達也が苦笑いを浮かべると(モウ、信夫ノ奴メ)、一段と汗をかいた。

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