第34話

「えっと……どうかした?」


 泉はそんな由美華の様子の変化に気がつき、自分が何かまずい事を言ってしまったかと不安になる。


「う、ううん! 大丈夫! それよりも早く戻らないと、先生に見つかっちゃうし、早く戻ろ!」


「う、うん」


 そう言って由美華は自分の部屋に戻って行った。

 そんな由美華の背中を泉はぼーっと見つめる。


「・・・・・・綺麗だ」


 先ほどまで見ていた由美華の横顔を思い出しながら、泉はそんな事を呟き、飲み物を持って部屋に帰って行った。

 





「そ、そろそろ行くな紗弥」


「うん、ありがと。嬉しかったよ」


「そっか、じゃあお休み」


「お休み・・・・・・」


「どうした?」


「ん・・・・・・いや、その・・・・・・今日はチューしてないなって・・・・・・思って」


 帰ろうとする高志を紗弥は裾を引っ張り、恥ずかしそうに高志に向かって話す。

 高志は半分体を廊下に出しており、見回りの先生が来たら、一発でアウトな状況だ。

 

「今なら・・・・・・その・・・・・・誰も見てないよ?」


 襖の方を見ながら紗弥は高志に上目遣いで言う。

 先ほどまで高志と紗弥を見てからかっていた、クラスメイトの女子二人は襖の奥に引っ込んでいる。

 今ならキスをしても大丈夫。

 高志もそう思い、紗弥の体を抱き寄せる。


「ん……高志のそういうとこ大好き」


「ありがと、俺も大好きだよ」


 高志は紗弥の耳元で囁くようにそう言って、紗弥に優しくキスをする。

 互いに頬を赤く染め、数秒間唇を合わせた後に、高志は紗弥から離れた。


「じゃ、お休み」


「うん、お休み」


 高志はそう言って、紗弥の部屋の戸を閉める。

 そして、帰ろうと元来た廊下の方を見ると……。


「見たのは悪かったが、反省文は書いて貰うぞ」


「………いっそ殺せよ」


 直ぐ隣には、なんだか疲れた表情の石崎が仁王立ちで高志の方を見ていた。

 高志は今までの事が見られていたと思うと恥ずかしくなり、顔を真っ赤に染める。


「ほら、大好きな彼女とイチャイチャしたんだ、反省文を書きにいくぞ」


「……先生、誰にも言わないで下さい」


「……良いだろう。さぁ行くぞ」


 高志は石崎に連れられて、石崎の部屋に向かった。

 紗弥とイチャイチャすると、必ず誰かに見られる事に、高志は自分の間の悪さを痛感する。





 高志が石崎に捕まっていたその頃。

 優一は一人、外に出て電話を掛けていた。

 コンビニに行くなんて行くいうのは、高志達から離れる為の嘘だった。

 電話を掛けてワンコールで電話は繋がった。


『も、もしもし!』


「あぁ、俺だけど」


『さ、詐欺ですか?』


「アホ、普通にスマホの画面に名前が出るだろ」


『優一さ~ん、会いたいです~、ぎゅってして欲しいです~、そして虐めて欲しいです~』


「はぁ……俺、なんでお前が好きなんだろ……」


『そんなの決まってるじゃないですかぁ~、私が優一さんを愛してるからですぅ~』


「なんか急に電話切りたくなってきた」


『あぁぁぁ!! 待って待って!! 切らないで下さい~』


「なら、あんまり馬鹿な事言うなよ」


『う~、私の写真こっそり集めてたくせにぃ~』


「切るわ」


『あぁぁぁ! ダメ! 嫌ですぅ! ごめんなさい!』


 優一は芹那の言葉に度々電話を切ろうとする。

 しかし、優一も本気で切ろうはしない。

 簡単に切ってしまっては、わざわざ外に出て電話など掛けたりしない。

 優一も芹那と話しをしたい気持ちがあったから、こうしてわざわざ外に出て静かな場所で芹那と電話をしているのだった。


『京都はどうですか?』


「あぁ、楽しいぞ」


『良いなぁ~私も行きたいです~』


「来年行けるだろ?」


『優一さんと行きたいんですぅ~』


「そうかよ……」


『あれ? 今もしかして照れました?』


「照れてねぇー」


『嘘だぁ~』


「面倒くせぇ奴だな……」


 優一はため息を吐いて、空を見上げる。


「今日は月が綺麗だな……」


『ん? 急にどうしたんですか?』


「何でもねーよ。悪いけどもう切るぞ、消灯時間過ぎてるんだ」


『あ、そうだったんですか。じゃあお休みです』


「おう、お休み」


『あ! まだ切らないで下さい!』


「ん? どうした?」


『……先輩大好きです』


「………さっさと寝ろよ。お休み……」


『はい……お休みなさい』


 優一は芹那の言葉を聞き終え、通話を切った。

 真っ黒になったスマートフォンの画面を見ながら、優一はフッと笑ってもう一度月を見る。

「月が綺麗……なんて言っても、あの馬鹿は気がつかねーよな……」


 その言葉の意味を芹那が理解しているとは、優一は到底思っていなかった。

 だから、あえてそう言ったのだ。


「土産……良いもん買っててやるか……」


 優一はそう言うと、旅館の中に戻って行った。





 修学旅行二日目の朝、高志達のクラスの男子は半分が寝不足だった。

 理由はもちろん、女子部屋に行こうとして失敗し、反省文を夜中に書かされていた為である。


「ふあ~あ………眠い」


「大丈夫?」


「え? あ、あぁ! 全然大丈夫だよ」


 朝食の最中、高志は向かいの席の紗弥に尋ねられて笑顔で答える。

 まさか、昨日の反省文の事を紗弥のせいにする事も出来ず、高志は紗弥の前で眠くないアピールをする。


「大丈夫大丈夫! 昨日少し遅くまで起きてただけだから」


「そう? やっぱり私がわがまま言ったから……」


「そ、そんなことないよ! 俺も……その……会いたいって言われて嬉しかったし……」


「高志……」


「紗弥……」


「朝からこのバカップルは……」


「他の男子が狂気の目で八重君を見てるね……」


 高志と紗弥の様子を見て、優一と由美華は揃ってため息を吐く。

 朝から相変わらずだなと思いながら、優一は朝食を食べる。


「この二人は放っておいて、今日はどこに行くんだ?」


「えっと……金閣寺行って……」


 高志と紗弥を放って、優一達三人は今日の日程の確認を始める。

 すると、そんな優一達の元に一人の男子生徒が近づいてくる。

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