ACT58 BATTLE OF EAST GARDEN ―Ⅴ―


「ミランダアアアアアアアアッ!!」


 攻撃の合図かのように娘の名を叫ぶ〈血鎧の残虐王ベアル〉が三度みたび、大剣を振り上げ、神薙をいざ肉片にせしめんとする。

 左からの払い――。

〈血鎧の残虐王ベアル〉のその構えから判断した神薙は、右方へと走る。


 横に薙ぎ払うと言っても最初から横というわけではない。

 七メートルの巨人が上から薙ぎ払うには、まず斜めに剣を振り下ろす必要がある。

 神薙は案の定、斜めに入って来たクレイモアの下を、前転してくぐるように飛び込む。

〈血鎧の残虐王ベアル〉の攻撃が通り過ぎ、間を置かずに神薙は次の攻撃に備えた。


 しかし来ない。

〈五寸だ釘太郎〉、そしてヴェノムの追撃が。

 

 ――っ!?


 とその時、予想外の方向から“それ”はきた。

〈血鎧の残虐王ベアル〉が、振りぬいたクレイモアを再度、神薙へと滑らせたのだ。

 地面から一メートル程の低い軌道。

 神薙は上に飛んで避ける。

 それは本能的な回避運動――だが、同時に魔の手の誘因でもあった。


 その時を待っていたかのように、〈五寸だ釘太郎〉とヴェノムがほぼ同時に、人型仮想武器からぬるりと姿を現す。

 ウォーハンマーを頭上に構える〈五寸だ釘太郎〉と、刺突の体勢のヴェノム。

 空中にいる以上、避けることは出来ない。

 

 神薙は〈五寸だ釘太郎〉が打ち下ろすウォーハンマーを桜蒼丸で防ぐと、左手を柄から離しシースナイフの軌道上に持っていく。


 てのひらを貫通するシースナイフ。

 神薙はそれ以上の勢いを殺すように、ヴェノムの拳を掴む。

 切っ先が心臓に届くか否かのところでナイフは止まり、神薙は着地する。

 ヴェノムがシースナイフを右に振り、神薙の反撃を避けるように背後へと飛んだ。


「すげえよ、あんたっ、そう止めるか。次はどうする? 次はよぉっ!」


〈血鎧の残虐王ベアル〉の中へと溶け込むヴェノム。

〈五寸だ釘太郎〉もヒット&アウェイを忠実に実行しているのか、すでに姿を消していた。


 敵ながら、あっぱれってやつか――。

 

 神薙は掌に走る痛みに歯を食いしばる。

 両手で桜蒼丸を持つのが困難になったが、心臓を刺された激痛で行動不能になるよりかは遥かにマシだ。

 

 モノケロスに表示されている〈ジェニュエン〉終了までの残り時間は、あとニ十分。

 そして自身のHPは約四割。

 正直、あの三位一体の連携攻撃をもちこたえるには、かなりの危機的状況と言える。 

 しかし神薙が倒れれば、陽菜、そして周防に橘までが命を失うのが目に見えている中で、敗北は絶対に許されない。


 ――違う。

 そうじゃない。

 例え陽菜達がいなかったとしても、ここで死ぬわけにはいかないのだ。


 いつの日か〈ジェニュエン〉を終わらせるためにも、俺はここで死ぬわけにはいかない。


「ミィィィランダアアアアアアアッ!!」


〈血鎧の残虐王ベアル〉が吠える。

 分かり易い初撃のシグナル。

 そして、ドラゴンの首さえも断つかのようなクレイモアが神薙目掛けて飛来する。


 刹那、前方へと疾駆する神薙。

 上、横、後ろのどの回避だろうが隙を与えてしまうのなら、前に進めばいい。

 さすれば、かわすのと同時に敵を斬ることができる。


 神薙は桜蒼丸で〈血鎧の残虐王ベアル〉の右足を斬りつけると、そのまま巨大な足の間を通って、喚ばれし者の背後へと出る。

「くっそぉっ」と聞こえるが、それは予期しない神薙の一撃を食らった〈五寸だ釘太郎〉だろう。

 同じところに隠れたままいてくれて幸いだったが、今の攻撃で奴らはもう両足に留まることは止めるに違いない。


 現に巨木のような左足に潜んでいたヴェノムは、その姿を〈血鎧の残虐王ベアル〉の横へと出していた。

 

「回避と同時に反撃とはなっ! 恐れ入ったぜ、糞野郎ぉッ! ――〈アイアム・ア・リッパー〉ッ!!」


 絶呼するヴェノムが、黄色に発光するシースナイフで迫りくる。

 ならばこちらもと、三割ほどに回復してたスキルゲージを目視したのち、右手で発動させる〈桜華乱舞〉で打って出る。


〈桜華乱舞〉同様に、高速連撃系の〈アイアム・ア・リッパー〉。

 お互いの高速のやいばが中央で幾重にも交差し、闇雲に叩いている鉄琴のような音を響かせる。

 

 高速連撃系のウェポンスキルは、当然ながら実際に自らの手が高速で動くわけではない。

 生身の攻撃に、複数の高速設定された疑似攻撃が追随するのだ。

 ゆえに生身の攻撃が高速である必要はない。


 神薙は速度の劣る攻撃の一つを見極めると、その手を掴む。

 掴んだ左手が痛むが、疑似痛覚だと思えば我慢できるレベルだ。


「うおっ! うっそだろ――ッ!?」


「出力を上げ過ぎだぜ。自分てめーの速さに合わせろよッ!」


「ぐはぁッ!」


 残りの〈桜華乱舞〉を全てヴェノムに被弾させると、神薙は再び〈血鎧の残虐王ベアル〉の両足の間へと走る。

 ミランダと叫ぶ〈血鎧の残虐王ベアル〉がこちらに向きを変え、クレイモアを攻撃準備態勢にしていたのだ。

 

 残り三割となったHPであれは食らえない。

 とにかく〈血鎧の残虐王ベアル〉の背後へ――。

 

 その気持ちが前面に出ていた所為なのだろう、周囲への危険予知が行き届かなかった神薙は、〈五寸だ釘太郎〉の攻撃への反応が遅れる。

 足を狙うかのような下段への振り回し。

 飛んで避ける神薙。

 しかし、右足の甲を叩きつけられて前方へと派手に倒れた。


〈血鎧の残虐王ベアル〉の怒号の一撃は避けられたが、代わりに貰った足へのダメージは深刻だ。

 

 HPは残り僅か。

 立ち上がれない状況での打開策をなんとか模索する神薙。

 そうはさせじと復讐心をたぎらせるヴェノムが襲い掛かってきたその時、そのピエロマスクの胸に矢が刺さった。

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