ACT57 BATTLE OF EAST GARDEN ―Ⅳ―


 ゴゴゴ……と、地鳴りを思わせる音が響く。

 次にヴェノムの周辺の空間が歪み、裂けはじめる。

 それはまたたく間に頭上八メートル程まで広がると、深淵かのような闇が横溢おういつし――。

 奥のほうから此の世に喚ばれし者が現れると、やがてその七メートルほどある姿を具象化した。


〈血鎧の残虐王ベアル〉。

 それは、娘の命と天秤にかけたアルノールドの街を、魔帝ノトゥスに売った狂王。

〈ワールド〉では文献のみに登場するその王は書物の記述通り、血で塗りたくられた鎧、そしてマントを着用していた。


 自身も魔帝の手先となり殺戮を行ったとあるが、赤い塗料じみたそれは民衆の返り血だ。

 全身どす赤い〈血鎧の残虐王ベアル〉は、バルビューダの中の双眸までを赤く光らせると、「ミランダアアアアアアッ!!」と号叫を上げ、大気を振動させた。


「ミランダ? ああ、そうか、このイカれた王の娘の名前か。ところで俺も初めて見るが、なかなか凶悪そうな奴じゃないか。お前もそう思うだろ? なあエクサ」


 ヴェノムの声が聞こえる。

 しかし、肝心のヴェノムの姿が見えない。

 いや、ヴェノムだけではなく〈五寸だ釘太郎〉もいなくなっていた。


「なかなか見れるもんじゃねぇから、ちゃんと見ておけよ。……しかし、〈お客様〉から五百万の参加費の代わりに貰ったんだけどよ、たった三回しか使えねぇんだぜ、これ。つまりだ、五百÷三はえーと……百六十六万くらいか?」


 どこにいる……?

 声は、眼前で荒々しい呼吸を繰り返しながら睥睨へいげいする〈血鎧の残虐王ベアル〉のほうから聞こえるが――

 

 そこで神薙はカラクリに気付いた。その刹那。


「錬ちゃんっ、私も何かできることある?」


 来るなと言った陽菜の声が後ろから聞こえ、神薙は咄嗟に振り向く。

 同時にヴェノムの中断PAUSEを解除する声が響いた。

 

「その金額に見合った死にっぷりを見せてくれよッ、なぁエクサァッ! レ・ゾルドッ!!」


“戦え”の意である『レ・ゾルド』でスイッチの入った〈血鎧の残虐王ベアル〉が、血の滴る巨大な剣クレイモアを振り上げ、そして力任せに下ろす。


「陽菜ッ!!」


 血のエフェクトを飛散させるクレイモアを避けた神薙は、その勢いのまま陽菜を抱きしめ、倒れ込んだ地面を転がる。

 すぐそこで大地が破砕される轟音が発生し、飛び散った紅血が地面を赤く染め上げた。

 

 今の一撃を食らっていれば、両断された自分の血が混じっていたのではないかと思えるほどに、それは肝を冷やす光景だ。

 神薙はすぐさま、陽菜と一緒に立ち上がる。


「錬ちゃ――」


「友達のところへ戻ってろっ、分かったなっ!?」


「え? で、でも……」


「行けっ!!」


 腹の底から絞り出す、怒号にも似た命令。

 陽菜は、その神薙の調子に自分が足枷あしかせとなっていることを読み取ってくれたのか、こくりと頷いた。


「うん。でも錬ちゃん……絶対にやられちゃ嫌だからねっ!」


 背中で聞いた神薙は、陽菜が去っていく音を耳にする。

 そのタイミングで〈血鎧の残虐王ベアル〉が横薙ぎのモーションへと入る。

 体が大きい分、予備動作も長くなることから、攻撃への対処に関してはプレイヤーより幾ばくかの余裕はある。

 しかし――


「ミランダアアアアアアアアッ!!」


 巨大過ぎるクレイモアの一撃は、どうしても小さな動きで避けられるものではない。

 事実、横薙ぎの一撃を地面に突っ伏すように避けた神薙には、即、攻めに転じることなどはできない。


 そこを神薙は狙われた。


〈血鎧の残虐王ベアル〉の姿〈五寸だ釘太郎〉が、クレイモアを通り抜けてくると、ウォーハンマーを神薙へと打ち下ろす。

 両手両足で大地を押し出すようにして背後に跳躍した神薙は、すんでのところでその攻撃を回避する。

 

 しかし、同じく〈血鎧の残虐王ベアル〉という巨大なデジタルデータの左足に潜んでいたヴェノムの、シースナイフによる一撃が神薙の右肩に深々と突き刺さった。


「ぐっ!」


「ハッハアアアアっ! まずは一発ッ!!」


 ニ撃目を警戒して、神薙は激痛の走る肩を押さえながら更に後ろへと飛んだ。


 パーティー内のプレイヤー同士においては、攻撃が当たらない仕様になっている――。

 これは無論、忘れることのない基本的なルールだが、それは〈血鎧の残虐王ベアル〉という『武器』にも当然、適用される。


 だからこそ〈五寸だ釘太郎〉はクレイモアをノーダメージで通り抜け、神薙に攻撃を仕掛けられた。

 そして通り抜けられるということは即ち、中に隠れることも可能であり、〈血鎧の残虐王ベアル〉は、言わば『ハイドポイントを伴った武器』とも言えた。 

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