ACT56 BATTLE OF EAST GARDEN ―Ⅲ―
想定外と言わざるを得ない。
エクサの実力を〈ワールド〉のあの短時間で理解した気でいたわけではないが、まさか精鋭五人を相手にここまでやるとは思っていなかったのだ。
〈ジェニュエン〉では名の知れている焔騎士団だが、それは騎士団としての強さであると思っていたのだが違ったらしい。
少なくともエクサは個としての強さが突出しており、それはヴェノムに畏怖の念すら与えるほどだった。
その強さの基盤となっているのが、挙動だ。
肉体の動きは生身の体に準拠するしかない〈ジェニュエン〉で、思わず
特に攻撃を避ける時に、それは顕著に現れていた。
なんなんだよ、あいつは――ッ!
仲間の五人で何とかできれば、あわよくば貴重な指環を使わなくて済むと思ったのだが、どうやら目算が甘かった。
ヴェノムは苛立ちを押さえることが出来ず、地面を思いっきり踏みつける。
しかし癇立ちを与えるのはエクサだけではなく、もう一人いた。
獲物であるナンバー22。
あの女はなぜか弓を所有していて、その仮想武器でもって〈ブサえもん三世〉を倒したのだ。
明かに素人とは思えない弓の扱いに吃驚したヴェノムは、そこで自分が追い詰めるほうから追い詰められる側へと変わったことに気づいてしまった。
武器を奪われ、
商売の邪魔をされ、
糞ビッチにまで仲間を倒され、
傷一つなかったプライドをズタズタに切り刻まれて――、
くそ、くそっ、くそッ!!
ヴェノムは何度も地面を踏みつける。
何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何ッッッ――
こんな屈辱があっていいはずがない。
もはや、人間狩りのことなどどうでもいい。
エクサに地獄を見せれればそれでいい。
刹那、ヒステリックに暴れる激憤の感情が、冷静のヴェールに包まれる。
ヴェノムは静まり返った精神を感じながら一つ嘆息すると、右手の人差し指に装着してある〈召喚の指環〉を頭上にかざした。
□■■
〈アナザー〉のHPがゼロになったのを視認した瞬間、エクサは視線を背後の行き止まりのほうへと向けた。
〈複体〉を使用してから終始抱いていた不安。
しかしその心掛かりは杞憂に終わり、神薙はほっと胸を撫で下ろした。
陽菜、そして周防と橘は無事だった。
彼女達へ怒りの矛先を向けた〈ブサえもん三世〉は陽菜によって倒されたのだろう、ボディバッグオブジェクトとなって大地に横たわっている。
〈ブサえもん三世〉がいつの間にか神薙とのデュエルから離脱し、陽菜の元へと向かっていると知った時は焦ったが、しかし結局、神薙はオーク男を追うことはしなかった。
それは、陽菜の弓の腕を信頼していたからに他ならない。
〈青鷺火の弓〉と、ラビットファンタジアで見せてくれた達人級の弓術が合わされば、単身で追跡する敵など物の数ではないだろうと。
頼もしい戦友――。
一瞬そんなことを考えてしまった己を、神薙は叱咤する。
守るべき対象に求めていい力ではない。
成り行き上、彼女に〈青鷺火の弓〉を渡すことになったが、本来陽菜は神薙と同じ世界に足を踏み込んではいけない存在なのだから。
ゆえに、助太刀でもするかのようにこちらへと走ってくる陽菜に、神薙は退避を促すつもりだ。
今しがた消えた神薙のドッペルゲンガーが〈筋骨マン〉を倒してくれたので、残すはワニのアニマライトである〈五寸だ釘太郎〉、そしてヴェノムのみ。
神薙の連撃を食らい、膝を付いている〈五寸だ釘太郎〉に然したる脅威は感じない。
もし感じるのであればそれはヴェノムであり、未だ高みの見物を決め込んでいるそのピエロマスクは――右手を空に上げていた。
何をやっている……?
一瞬、ウェポンスキル発動の仕草かと思ったが、その右手には武器を持っていない。
ならば一体なんだと思案を始めたその時、神薙は一つの可能性に行き当たった。
「〈
〈ワールド〉のみで使用できるアイテムの指輪ではなく、〈ジェニュエン〉で武器として使用できる非常に希少な装備品〈
ヴェノムは右手の人差し指に、その指環を装備しているのだろう。
ならばヴェノムの頭上に右手を掲げたのちに、例の言葉を呟くはずだ。
「陽菜ッ! こっちに来るんじゃないッ!!」
神薙があらん限りの声で陽菜に制止を呼びかけたその時。
「我は汝と血の契約を結びし肉界の者、今こそその身を具現せよ――〈
ヴェノムが亜空間の扉を開けた。
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