ACT55 BATTLE OF EAST GARDEN ―Ⅱ―


青鷺火あおさぎびの弓〉。

 それはリムの部分に青い羽の装飾が施された、殊更ファンタジックな印象の洋弓。

 錬から、いざという時に使えと譲渡されたその仮想武器を陽菜は使った。

 ――その錬を助けるために。


 弦を引くことによって矢が発現する仕様に戸惑ったものの、現実の洋弓との違いはそこだけであり、対象と矢を繋ぐ例の光の軌道もしっかりと視認できた。


 人に矢を射るなど当然してはいけないこと。

 しかし〈ジェニュエン〉とはそもそもそういうゲームであり、何よりも錬が窮地に陥っていれば、躊躇う理由など微塵もなかった。


「陽菜、すっげーなっ、使えんのかよ、それ」


「すごいすごいっ、陽菜、すごおぉいっ」


 夏希と野々花が、賞賛と感動を内包したキラキラとした瞳を陽菜に向ける。


「伊達にアーチェリー部に入っていませんので、へへ」


 思わず得意満面になる陽菜だが、状況がそれ以上の弛緩を許さない。

 ヴェノムという最低の男、そしてその仲間から陽菜達を守るために、錬は今も命を賭けた戦いに身を投じているのだ。


 その錬は今、

 目の錯覚ではなく、本当に瓜二つの幼馴染が二人いるのだ。

 おそらくゲーム内で使用できる能力的な何かなのだろうが、その光景は陽菜を混乱させた。 

 つまり、どちらが本物の錬なのだろうかと。

 同じような動き、同じような剣技で敵と対峙しているが本物は――


 ――っ!


 その時、一人のプレイヤーがこちらに向かって来るのが見えた。

 先ほど陽菜がその頭を射抜いた緑の化け物――その名を〈ブサえもん三世〉。

 射られた側頭部を押さえながら、そして殺意を塗りたくった両眼をこちらに向けながら歩を進めてくる。


「そこを動くんじゃねえぞっ。死なねぇ程度にお仕置きしてやるからよっ!!」


 怒髪天を衝くような形相のその亜人に足がすくみそうになる。

 しかし錬が気づいていない今、この状況を打開できるのは陽菜しかいない。

〈ブサえもん三世〉は陽菜に対して怒りの矛先を向けてはいるが、野々花や夏希にだって傾かないとは限らない。


「立って二人共っ、奥に全速力で逃げてっ!」


「お、奥って言ったって行き止まりだろ。あの壁どうすんだよ」


「大丈夫、私に任せて」


 夏希の不安を打ち消すように陽菜は、その声に自信を含ませる。

 野々花にもそれは伝わったのか、二人は素直にその指示に従うと壁に向けて走り出した。

 陽菜も遅れて走り出す。

 

 幸い、〈ひっしぐしぐ★2007〉に刺された太ももの疑似痛覚もほぼ消え去り、両足は問題なく前に出る。

 実際には、転んだ際に傷を負った膝の痛みが残っているのだが、急遽、自分に与えられた使命のことで頭がいっぱいで全く気にすることはなかった。


「だから動くんじゃねーって言ってんだろっ! 待てこらぁっ!」


 ドスを利かせた声で制止を求める〈ブサえもん三世〉。

 陽菜達同様、全速力なのだろうが、そのメタボ気味の体形もあってこちらとの距離が縮まる気配はない。

 しかし〈ブサえもん三世〉は然して気にしていないはずだ。

 どうせ獲物は壁にぶち当たって止まることになると思っているのだろうから。


 そしてその時はすぐに来た。


「陽菜っ、どうするのっ、これ以上はもう進めないよっ」


 壁に到達した瞬間、野々花が不安心を張り付けた顔を陽菜に向ける。

 夏希も同様の表情を浮かべたところで、陽菜は〈青鷺火あおさぎびの弓〉を二人に見せた。


「もしかしてさっきのまぐれだと思ってない?」


「え? そ、そんなことは思ってないけど……でも」


「狙って当てられるもんじゃないよ、な。的が動いているし……」


 夏希と野々花が見合わせると、その顔に気まずさを滲ませる。

 どうやら『洋弓を扱うことが出来るものの、頭に当たったのはまぐれ』と思っているらしい。

 

 陽菜は頬を膨らませて立腹面を作る。

 もちろん本気では怒っていなくて、陽菜は〈ブサえもん三世〉に向けて再度、〈青鷺火あおさぎびの弓〉を構えると、今度は笑顔を浮かべて二人に言った。


「あいつの右目に当ててみせる。見てて」


 すると、野々花と夏希は「「え?」」とだけ口にし、その続きを盾を構えた〈ブサえもん三世〉が引き継いだ。


「馬鹿かっ、もう食らわねえぜ。この大盾ごと俺を貫いてみるかっ!? じゃねーと追いついてしまうぞっ、ぐへへ」


 〈ブサえもん三世〉はこちらを見るために、顔を盾の上に出している。

 そんな猥雑わいざつ面貌めんぼうの中にある右目を、陽菜の放った矢が――射抜く。


 「ぎゃはっ!? 目がっ、目があああああっ!」


〈ブサえもん三世〉が右目を押さえて、その場で暴れる。

 HPを見れば全体の半分、ゲージにして二本目の三割ほどまで残されていた。

 今の一撃でどれだけ減ったのかは分からないが、あと二、三回射れば倒せるかもしれない。


「どこがいい? リクエストして」


 呆然としている夏希と野々花に陽菜は聞く。

 すると我を取り戻したような夏希がまず、


 「え? じ、じゃあ、心臓、かな。それで倒せるかもしれないし」


 と言えば、次に魂を取り戻したような野々花が、


「私は額を狙ってほしい。ほら、ゾンビだったら脳ミソ狙わないと駄目っていうでしょぉ」


 と言うので、陽菜は「分かった。心臓と額ね」と首肯すると、再度、仮想武器を構えた。

 

 〈ブサえもん三世〉に対して同情の念など一切ない。

 ヴェノムの仲間である以上、〈ブサえもん三世〉がリアルな殺しを好むダストには違いないのだから。


 ナンバー79の女性。

 ヨシカワさん。

 キモトさん。

 その他、理不尽に生を奪われた人達――。


 彼女達の無念さに胸が張り裂けそうで、それはやがて眼前の〈ブサえもん三世〉への怒りへと変換される。


「これ以上の悪事は許さない。ののちゃんとなっちゃんにだって絶対、手を出させないっ」


 陽菜は〈ブサえもん三世〉に向かって矢を放つ。

 それは光の軌道に沿って飛び、一本目が心臓に、二本目が額へと突き刺さる。

「うげぇっ! がはっ!」と吐いたのち硬直したように動かないその亜人に、陽菜は三本目を発射した。


 左目を射抜かれた〈ブサえもん三世〉が、ゆっくりと背後へと倒れ込む。

 地面に叩きつけれたその巨体はしばらくすると、死体袋へと姿を変化させた。

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