ACT54 BATTLE OF EAST GARDEN ―Ⅰ― 


 一対多数の場合、いかに囲まれずに戦えるかが肝だ。

 しかしデュエルスペースが広い場合、大体においてそれは困難であり、気づけば包囲されている場合が多い。

 ゆえに数で勝るプレイヤーはその時点で、勝利後に健闘を称え合う未来を想像する。

 それほど『一人を多数で囲む』という状況は勝算が高いのだ。


 だからこそなのだろう、彼らヴェノムの仲間の数人は一様にその表情をしかめ、或いは戸惑っていた。


「桜華一閃ッ!」


〈アナザー〉と〈筋骨マン〉の攻撃を避けた神薙は、ウェポンスキルを使おうとしてた〈豊島区のグラップラー〉へ、渾身のそれを叩きつける。 


 胸にダメージエフェクトを刻み込まれた〈豊島区のグラップラー〉。

 男は呻きながら、それでもウェポンスキルを発動させる。


「クソがあぁッ、〈ベリアルの輪舞ロンド〉ッ」


 しかし、その連続攻撃を思わせるウェポンスキルは初撃を神薙の体に弾かれて、半ば強制的に中断させられた。

 サポートスキルの効果。

 神薙は〈硬化〉をアクティベートしていたのだ。

 

 なんでだよ――と驚愕の顔を浮かべる〈豊島区のグラップラー〉に、今度は〈桜華烈風閃〉の全弾をお見舞いする神薙。


 壱、弐、参、と続くその四連撃が〈豊島区のグラップラー〉の上半身に、鮮やかな血潮を浮かび上がらせ、最後の五撃目が顔面から腰までを両断する。

 本来複数人にダメージを与えるために使用する〈桜華烈風閃〉を全て食らったその男は、「ぎゃああああっ!」と声を上げたのち前へと倒れ込む。


 神薙はそのデッドマン化した〈豊島区のグラップラー〉の右腕を掴むと、渾身の力を込めて振り回した。

 簡易的な武器となっていた〈豊島区のグラップラー〉は、距離を詰めていた三人の敵を蹴散らしたのち、地面でボディバッグへと変わる。


「調子に乗ってんじゃねぇぞっ!!」


 蹴散らした三人ではない〈アナザー〉が、猛り狂う心情を表すかのようにメイスを神薙に向けて振り回す。

 打撃系武器では威力抜群のメイスだが、当たらなければポスターを丸めた剣と同じ。

 その威力に意味はない。


 戦闘開始直後からブーストタイムに入っていた神薙は、スローに感じる乱撃の全てを避け、そして弾くと、隙を見せた〈アナザー〉へ〈桜華一閃〉。

 そしてよろめく〈アナザー〉の脇腹に、容赦のない回し蹴りを打ち込んだ。


〈桜華一閃〉による疑似痛覚よりリアルな痛みが辛いのか、〈アナザー〉はメイスを捨てて脇腹を押さえると、大地に膝と額を付けて呻き声を上げる。


 生身による攻撃はウイニングポイント減少のペナルティを受けるが、それは圏内での話だ。

 つまりヴェノムも言っていた『公式の圏外』でのデュエルは、必然的にルールの圏外ともなり、血生臭いデュエルの温床ともなっていた。


 殴ることに悦を覚える連中と同じ穴のむじなになるつもりは毛頭ないが、使える攻撃を選んでいる余裕などない。

 神薙は、仮想武器と己の肉体という武器を限界まで使って、ヴェノム達を全て倒すつもりでいた。


 そういえば、そのヴェノムだけが攻め込んでこない。

 仲間の五人だけで倒せると踏んでの高みの見物だろうか。

 腕を組んでこちらを見るヴェノムの考えはピエロのようなマスクもあって、全く読み取れないが、不気味であることには違いない。

 

「いくらなんでも避けすぎだろっがああッ! ――〈超絶ウルトラアトミッククラッシャー〉ッ!!」


 コピーではあるが、〈ワールド〉時に一度手合わせしている〈ブサえもん三世〉が咆哮を上げて、例のださいウェポンスキルの名を叫ぶ。

 相変わらず醜容なオークのその攻撃を避けるのは、一度見て体験していることもあり何ら難しいことではない。

 

 ――が。


 僅かの間でもヴェノムに気を取られていた己を猛省すべきなのだろう。

 神薙はいつのまにか背後に忍び寄っていた〈筋骨マン〉にも、攻撃のチャンスを与えていた。


「もらったぁぁっ! 〈筋骨粉砕剣〉ッ!!」


 前後からのウェポンスキル。

〈硬化〉の効果も切れている今、頼りになるのはブーストタイム中という優位性のみ。

 

 しかし、それでも両方を食らわない自信はない。

 どちらかのスキルでダメージを負ったとしても、もう一方は確実に攻撃を避ける。

 これしかない。

 ならば〈筋骨マン〉による、背後からのバックアタックを避けるが最適解。


 寸刻でそう答えを出した時――


「げふっ!?」


〈ブサえもん三世〉が奇妙な声を上げて、首を曲げる。

 その頭にのを見た時、神薙の意識はすでに〈筋骨マン〉へと向けられていた。


〈筋骨粉砕剣〉なるウェポンスキルが、体を左方に回転移動させた神薙の背中を掠める。

 轟音を上げながら振り下ろされる大剣は、正に筋骨を粉砕しそうではあるが、粉砕したのは地面であり神薙ではなかった。


〈筋骨マン〉の背後を取った神薙は、灰色の鎧に覆われたその背中を〈桜華乱舞〉で削る。

 無数の引っ掻き傷のような赤い線が背中一面に走り、眩い光がそれを正確無比になぞった時、〈筋骨マン〉が「うげええええっ!」と体を仰け反らせた。


 ここで一旦休止PAUSEでもできれば、矢を放った方角へ視線を向け感謝の言葉でも述べただろうが、未だ残っている四人の敵はその猶予すら与えてはくれない。


 HPゲージMAXの〈五寸だ釘太郎〉が、ウォーハンマーをバトン回しように回転させながら神薙との距離を詰めてくる。

 その向こうでは、回し蹴りのダメージを引き摺りながらもメイスを構えて、睚眥がいさいの恨みをぶつけてくる〈アナザー〉。


 スキルゲージはさきほどの〈桜華乱舞〉でほぼゼロ。

 よって使えるスキルは、スキルゲージ量に左右されないサポートスキルのみ。

 クイック設定で現在使えるサポートスキルはたった一つしかないが、その一回しか使用できないその貴重なサポートスキルの名を神薙は口にした。


「〈複体〉アクティベート」

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