ACT53 公式の圏外


「これはこれは、エクサさんじゃあ~りませんか。その節はどうも」


 うやうやしいを装って頭を下げるヴェノム。

 その風貌は〈ワールド〉時と変わらず、奇怪なピエロのマスクに茶色いフーデッドコート。

 後ろに並ぶ五人の典型的な戦士達とは一線を画する目立つ姿だが、ヴェノムの立場がリーダーならば『それらしい』恰好と言えなくもない。


「ヴェノム……」


 それだけを口にする神薙にヴェノムは続ける。


「ったくアンタって奴は、大事なナイフを奪っただけでは飽き足らず、俺の仕事まで邪魔しちゃってくれるとはね。獲物は逃がすわ、見張りは倒すわ、〈お客様〉はデッドマンにするわで、本当最高だよ、アンタ」


 厳密に言えば、ナイフを奪ったのはナイトホローだ。

 しかし鎖さえ切られなければスナッチされなかったことを考えると、実質的に奪ったのは神薙ということになるのだろう。


「最高か? なんならもっとがんばってもいいぞ。だからそこを通らせろ。俺がお前の企画立案した人間狩りゲームを終わりにしてやるよ」


「くはははははっ! やっぱ最高だぜっ、アンタッ! ハッハハハハッ!!」顔を押さえたヴェノムが笑い声を高らかに響かせる。

 やがて一つ大きくため息を吐くと、指の間から見せるバツ印の目に尋常ならざる憎悪を浮かび上がらせた。


「調子に乗ってんじゃねえぞ。このダボが。心魂しんこんを傾けた企画を台無しにしやがって。俺のプランナーとしての価値を下げた代償は衛星ラースより大きい。簡単には殺さねぇぞ? HPギリギリにしたあと、リアルウェポンで全身メタクソにぶん殴ってやるよ。特にそのイケメン面は見るに堪えねえバケモンにしてやる。だがその前に、」


 ヴェノムがそこで神薙の後ろを見るような仕草をする。

 ――後ろ。

 そこには陽菜達がいるだけで、ほかには何もない。


「その三人の女を先に寄越してもうおうか。まだいる〈お客様〉のためにも獲物は必要だからな」


 ヴェノムが顎をしゃくるようにして言う。


「錬ちゃん……っ」


 後ろにいる陽菜が怯えを表すように声を出す。

 その瞬間、背中に冷たいものが走るが、気づかれていないことを祈りながら神薙はヴェノムに返した。


「それはできない相談だ。ここにいる人達を渡すことはできない。お前の企画は台無しになったんだろ。もう放っておけ」


 神薙は敢えて、陽菜達が自分とは何ら繋がりのない他人であるように強調して言った。

 しかし。


「ちょっと待て。……そこのナンバー22、今なんて言った? って言わなかったか」


「おいっ、ヴェノム――」


「てめえは黙れッ!! やっぱり錬ちゃんって言ったよなぁっ、全くの他人だったら、ちゃん付けなんてしねぇよなぁっ。いや、相当に親しい間柄じゃねぇと絶対、ちゃん付けなんてしねぇよなぁっ!!」


「違うっ! 彼女とはそんな関係じゃないっ!」


「おいおい、そんなに剥きになると、そうだって言ってるようなもんだぜぇ、エクサ。ナンバー22はお前の恋人、或いは勝手に部屋に上がり込んで、“朝だよー、起きなさーい”とか言っちゃう仲のいい長馴染みってところか、くく。……しかし、そうかそうか。それで納得がいった」


 ヴェノムが右手に握るシースナイフで、何度も空を切る。

 血塗られてもいないのに禍々しく見えるのは、幾人ものプレイヤーをほふってきたからだろう。


「お前がウイニングポイントの稼げねぇ笹塚地区くんだりまで来たのは、そういうことなんだろ。くだらねぇ正義感にほだされたわけではなく、只々大切な人を守るため。ナンバーしか振ってねぇ、獲物たちから一体どうやって見つけ出したんだが知らねぇが、まるでヒロイックファンタジーの主人公じゃねえか」


「……彼女達には手を出すな」


「なあ、知ってるよな。圏外は録画されても放映されねえってこと。一部の闇サイトでは見れるらしいが、それは公式じゃない。つまり圏外ってのは『公式の圏外』でもあるんだよ。複合現実管理局運営が見て見ぬふりをするフリーエリア。俺はそんな仕様を有効利用するために企画を立ち上げたわけだが、個々で愉しんでいる奴らだっているんだぜ」


「……もう一度言う。彼女達には手を出すな」


 神薙の中の瞋恚の炎が弾け、膨れ上がる。

 もしもそのようなことが陽菜の身に起こったらと想像するだけで、気が狂いそうになる。

 一度、同じようなことにあっている陽菜だって、絶対に耐えられないだろう。

 溢れ出そうな焔の衝動が、その時を待って濃密に凝縮する。


 言えよ、ヴェノム。

 そうすれば、俺はこの全てを――


 ヴェノムのホッチキスで止めたような口が、不気味に変容した。


「予定変更。まずはてめえを半殺しにしたあと拘束し、てめえの見ている前でそいつ等を犯す。ここにいる六人で時間ギリギリまで何度も何度もな。だがしかし、ナンバー22は俺のもんだ。俺だけのおもちゃだ。殺す前に破壊してやるよ。俺の◎▼×はでけえからな。そいつの喘ぐ声でてめえもイクがいいぜっ、ハッハアアアアッ!!」


「ヴェノムッ! うおおおぉッ!!」


 弾かれたように神薙は飛び出す。

 それは怒りの猛炎を原動力として。

 

 周防、橘、そして陽菜には絶対に手を出させない――。

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