ACT49 奪わせない


 ボディバッグオブジェクトとなる『織田上総助信長』という名のプレイヤー。

 神薙は刀を鞘に納めると、地面座り込んで抱き合う二人の女性に視線を遣った。


「もう大丈夫です。立てますか?」


 ナンバー63とナンバー64の女性。

 おそらく二十代前半の彼女達は、狩人を倒した神薙を信用してくれたのか、何度か無言で頷くと立ち上がった。

 これで神薙が救った『ナンバーから始まる数字』のプレイヤーは七人。

 先に救った五人は、フィールドマップの存在を教えたのち、見張りを倒した道路から逃げるようにと教えた。


 その際、高校生の三人組を知らないかと聞いたのだが、その三人は首を振った。

 ならば目の前の二人はどうだろうか。

 神薙が聞くと、その二人は『同じバスに乗っていて、倉庫の中でも見かけた』との情報を与えてくれたが、倉庫から逃げだしたあとについては全く知らないとのことだった。


 それを聞いてどこかでほっとしたのは、陽菜を含めた二人の友達がすでに死んだという明確な答えを聞かなかったからかもしれない。

 しかし聞かなかっただけで、その可能性は――


 止めろ、考えるなっ!


 神薙は頭を振ってその光景を追い払うと、先に救った五人同様に彼女達二人もフィールドマップの使い方を教え、進むべき道を教える。

 教える過程で神薙もフィールドマップを出したのだが、そこでは何十回目かのプレイヤーサーチが始まっていた。


 ――っ!


 見張りを倒したところに一人、誰かが立っている。

 十中八九、別のところからきた新しい見張りだろう。

 しかし、注視すべきはそこではない。

 何者かが神薙の元へ迫っていた。


 左方にあるつたに覆われた家屋。

 その奥から足音が聞こえ、衛星ラースの鉄紺を思わせる明かりがそのプレイヤーに色を与えた時、神薙は構えていた桜蒼丸を下ろした。


「エクサ、やっと追いついたわ」


 それは神薙が全幅の信頼を寄せる森エルフ、アイヴィーだった。

 走って来たのだろう、彼女は呼吸を整えるように何度か大きく胸を上下させた。


「アイヴィーか。副団長のほうはどうした?」


「加勢しようと思ったのだけど、丁度リーザロッテも来たから彼女に任せてきたわ。もちろん副団長の許可も得ているわよ。――それであなた一体、どうしたっていうのよ? 血相変えて走り出したけど」


 神薙が簡潔に事情を説明すると、アイヴィーは「気の毒に、そんな……」と、心の底から思い遣るように言葉を絞り出した。


「俺は陽菜を探しに行く。お前はこの人達を頼む。笹塚地区から抜ける道に見張りがいるが、一番下の道にいる奴を倒して、そこから逃がしてやるんだ。俺がまた途中で乗客を救ったらその道に行くように伝える。だからそこにいてくれ」


 すでに走り始めていた神薙の耳にアイヴィーの声が届く。


「分かったわっ。でも私はあなたの相棒。誰かと交換したらまた追いかけるから、その時まで無事でいなさいよっ」


 神薙は振り向かずに手を振ると、笹塚地区の奥へと向かう。

 アイヴィーと話しながら神薙は探していたのだ。

 三人で逃げている『ナンバーから始まる数字』のプレイヤーを。

 幸いなことにそれは、笹塚地区の西のほうに一組だけ存在していたのだ。


 ナンバー22、ナンバー23、ナンバー24。


 このどれかが陽菜に違いない。

 絶対的な確証などないが、そうとしか思えない確信が神薙にはあった。


 だとしたらより一層、筋肉に悲鳴を上げてもらうしかない。

 神薙はその三人、そして三人を追う〈ひっしぐしぐ★2007〉なるプレイヤーをロックオン状態にすると、棄てられた街中を駆け抜けた。

 プレイヤーサーチが終わる前に追いつくために、それはりょ力の全開を出し切るように。

 

 恐怖に怯えながら歩いている陽菜の姿が脳裏に浮かび、胸が焼けるように熱くなる。


 奪わせない。

 これ以上、〈ジェニュエン〉に大切な人は奪わせない、絶対に――。

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