ACT48 デスゲーム ―その安息はまたたく間に― 


 なぜ?

 どうして?

 こんなことに?


 自問したところで答えなどでないのに、あまりの理不尽な状況に、陽菜は何度も問わざるを得なかった。


 ヨシカワさんとキモトさんは死んだ。

 あのコボルトようなプレイヤーによって、殺されたのだ。


 倉庫の中で女性ナンバー79が殺された時だって衝撃だった。

 しかし、バスの中で親しくしていた二人のあまりにもあっけない死は、まるで肺腑はいふを抉るようで、陽菜の感情を大きく揺さぶった。


 それは夏希も野々花も同じなのか、二人はその瞳に涙を溜めている。

 到底許容できない、でも受け入れるしかない現実をなんとか直視するかのように。


 ――考えたくはない。

 でももし、夏希か野々花があの二人のようにこの世から去ってしまったら、自分はどう思うのだろうか。


 正気を保っていられる自信はない。


 心臓を握りつぶされるような圧迫感に、陽菜はたまらず胸を押さえる。


「陽菜、大丈夫か?」


「胸痛いの、陽菜?」


 夏希と野々花が陽菜を心配したように、声を掛けてくれる。

 そんな優しさが更に胸を痛めつけるが、陽菜は出来る限りの笑みを浮かべると言った。


「大丈夫だよ。……それよりここって本当に向こうから見えないのかな?」


 陽菜達は、コボルトのプレイヤー〈ひっしぐしぐ★2007ニーマルマルナナ〉から逃げる過程で不思議な空間を見つけた。

 それは、異世界のテクスチャと実物体の間にある大きな空間で、三人が余裕で入れるくらいの広さだった。

 

 どこかの路地で石壁に触れた時、テクスチャを通り抜けて実物体に触れることができたが、どうやらこの場所のように程度が大きい箇所もあるようだ。


「さっき確認したし、大丈夫だろ。陽菜が心配性だから念のためにもう一度」


 などと言って夏希が不思議な空間から顔を出して周囲を警戒。

 そして向こう側に消えると、ほんの数秒後に戻ってきた。


「うん。やっぱり中にいる人間は見えない。忍者のほら、『かくれみの術』みたいな感じでさ。周りからは木の板があるとしか思わないぞ、うん」


「私が転んだおかげで見つけたんだから、感謝してよねぇ、ふふ」


 夏希の再度の確認ののち、野々花が得意満面な表情を浮かべる。

〈ひっしぐしぐ★2007〉から逃げる際に野々花が転んで入り込んだのが、この不思議な空間だった。

 いきなり野々花が消えて焦ったが、まさかこんなラッキーな展開になるとは思いもよらなかった。


 ほかの乗客は知っているのだろうか。

 もし知らないなら教えてあげたいという気持ちはある。

 でも何よりも大切な親友達を失わないためにも、陽菜はこのまま三人でこの場所に隠れていようと決めた。


 ――でもそれは。


「〈ジェニュエン〉が終わるまでここにずっといようね。終わるのが二十二時だから、あと一時間くらいかな。余裕、余裕っ」


 唐突に訪れた。


 陽菜に頷く夏希と陽菜の間に、ヌッと顔だけが現れる。

 それはもう見ることもないと思っていたハンター、〈ひっしぐしぐ★2007〉の醜悪な獣の面だった。



「それは無理だ。おじちゃん見つけちゃったから。ぐふっ」


 親友二人がその顔を恐怖で引き攣らせたのち、悲鳴を上げる。

 陽菜は咄嗟に二人の手を引っ張ると不思議な空間から飛び出した。

 

「痛いっ!」


 刹那、夏希の上げるその声に、陽菜の逃げなければならないという意思に乱れが生じた。

 野々花も同様だったのだろう、彼女は「夏希っ!? どうしたのっ」と叫ぶと、腰を押さえて顔を歪める夏希の体を支えた。


「腰を突いたんだよ、おじちゃんの槍で。バックアタック補正で通常よりダメージ量多いから痛いよねぇ」


 今度は、不思議な空間の中から顔だけを見せる〈ひっしぐしぐ★2007〉。

 やがて毛むくじゃらのコボルトは全身を露わにすると、陽菜達を舐めまわすように眺めた。

 と、夏希の横でしゃがんでいる陽菜の指に何かが触れる。

 陽菜は、雑草のテクスチャで隠れたそれを手で確認した後そっと拾うと、握りしめた。


「このゲームはね、そんな甘くないんだよ。十分ごとにプレイヤーサーチってのがあってね、プレイヤーの位置が分かるようになってるの。残念だけどハイドポイントに隠れたままゲーム終了とはならないんだなぁ、これが。――ところで聞きたいんだけど、君達もしかして高校生JK?」


 やけに黒目が大きい血走った両眼が、野々花を凝視している。


「だ、だったらなんだって言うの……?」


 野々花が怯えるように吐き出すと、〈ひっしぐしぐ★2007〉が口角を吊り上げてぐにゃりと表情を変容させた。

 その様はまるで淫欲を漲らせているかのようで、陽菜は形容し難い怖気を覚えた。


「やっぱりJKっ! そっかそっかっ! おじちゃん元気になってきたっ、なってきたよおおおおおっ! おじちゃんJKが大っっ好物なのっ! だからね、たっぷり何度も何度もなああぁんども、おかしくなっちゃうくらいにズコズコ突いてあげるからNEEEEえええっ!!」


 そして、槍を振り上げる〈ひっしぐしぐ★2007〉。

 陽菜はその顔面に、を投げつけた。

「ぎゃっ!」っと左目を押させて攻撃を中断させる、コボルト。


「逃げるよっ!!」


 陽菜は野々花と共に夏希を支えると、狂人に背を向けてその場を離れる。

 

 なぜっ?

 どうしてっ?

 こんなことに――ッ!?


 錬ちゃん助けてッ!!


 それは届かない思い。

 でもそれでも、そう懇願せずにはいられなかった。

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