ACT45 離脱
現実ならば閑静な住宅街なのだろう。
そこは、持ち主がいなくなって相当な時間が経過しているであろう廃屋が密集しており、ほかの平民街同様に、忘却に沈んだ街アルノールドの物悲しさが一層際立っていた。
その時、発光を伴う電子音の叫びが夜のしじまを切り裂く。
場所は眼前の十字路を左に曲がったすぐそこ。
神薙はアイヴィーと視線を交わしたのち頷くと、速度を上げる。
そして音と光の発生源を視界に捉えた時、「た、助けてぇ――ッ」と誰かの悲鳴が聞こえた。
衛星ラースの光で真紅の軽鎧を際立たせるヒュルフ――ナイトホローがいた。
対峙するように立つ、三人の魔獣旅団。
その内の一人が、全身をムチで縛られて命乞いの声を上げていたのだ。
刹那そのムチが動いたかと思うと、捕らわれたプレイヤーの鎧が上から下まで裁断されるように分解され、時を置かずにポリゴンの破片となって散った。
「ぎゃあああっ!」
ナイトホローの武器である〈鋳薔薇のベラ〉。
そのウェポンによって限界以上に縛られたプレイヤーは、
我らが副団長は高笑いを響かせると、残った二人にカモォンとばかりの手招きをする。
その後ろ姿は嬉々とした雰囲気を醸し出していた。
「……私達必要かしらね。むしろ邪魔しないほうがいいのだと思うけど、どうする?」
「どうするって……〈ワールド〉なら傍観者に徹するが、ここはそうじゃない」
傍観者の選択も視野に入れてしまうほど安泰のナイトホローであるが、相手がダストとなると加勢しないわけにはいかない。
アイヴィーがヴァシリサを構えて、いざ、助太刀へ――という矢先で、イヤーパッドに覆われた右耳にポンッと電子音が響く。
それはフレンド専用の
すでに何歩か進んでいるアイヴィーが何事とばかりに振り返るが、神薙が手で先に行けと合図すると、彼女は小首を傾げつつもそのままナイトホローの元へと向かう。
視界の左下にICのマーク、そしてその横に【アイオロス】と表示されている。
〈ジェニュエン〉に集中するためにも、ICは緊急時以外は使用しないようにと言っていたアイオロスからだと知って、神薙は意外に思いつつイヤーパッドの応答ボタンを押した。
「こちら、エクサ」
『すまない。ナイトホローにコールしたんだが、応答してくれなくてな』
「副団長なら目の前でデュエルを楽しんでるよ。それで緊急の要件か?」
『そうだ。丁度プレイヤーサーチ中だからフィールドマップを見てほしいんだが、渋谷区の北西、笹塚地区に突如多数のプレイヤーが現れた』
「ち、ちょっと待ってくれ」
神薙は急ぎフィールドマップを表示させると、アイオロスの言った北西を中心に持ってくる。
すると確かに、百人ほどのプレイヤーがそこに密集していた。
突如とはどういうことなのか。
しかもウイニングポイントの入らない圏外にこんなにもたくさんのプレイヤーがなぜ、という疑問が過ぎらせながら、神薙は数人のマーカーに触れてみる。
するとその全員が、『ナンバーから始まる数字』という名前だった。
『見たか? 俺達が追っていたヴェノムがなぜ八十ニ台のモノケロスを購入したのかの答えがこれだ。闇のプロモーターであるヴェノムは、一部の富豪の人道に反した欲求、人間狩りを実現させるための獲物とフィールドを彼らに与えたんだ。獲物とはモノケロスを装着させられた八十二人の女性達であり、彼女達は今日の朝の段階ですでに拉致されていたようだ。そしてプレイヤーが減って、且つ圏外になるまで笹塚地区の倉庫に匿われていたらしい。ヴェノム達のグループと一緒にな』
「ヴェノム……奴のせいなのか」
神薙に殺意を剥き出しにしていたヴェノム。
一体どこにいるのかと思っていたが、倉庫に隠れていたとは。
今思えば、残りプレイヤー人数の表記と実際にフィールドにいるプレイヤー数に
屋外から屋内への移動は違反だが、屋内から屋外への途中参加は可能。
それは、プレイヤー数減少に対する対策として許容されているが、よもや圏外を利用した人間狩りが行われるとは、複合現実管理局も予想だにしていなかっただろう。
『
どこから仕入れてきたのか知らないが、相変わらずのアイオロスの情報力に舌を巻く神薙。
――ふと。
ざわめく胸。
『女性』と『旅行』。
その二つの単語が妙に不穏を抱かせる。
「旅行って、なんだ?」
緊張から口が乾く。
そんなわけがないと思っているのに。
『バスツアーだ。〈いるかツーリスト〉という旅行会社のバスが二台、ジャックされたんだ――』
「いる、か……」
違う。
だからそんなわけはない。
あいつは今頃、旅行先で友達二人と恋ばなでもしているはずなんだ。
その二台では、断じて、絶対に、あるわけが――
『一台は長野行き。そしてもう一台は静岡行きだ。ちなみに〈いるかツーリスト〉は今日、この二台でのバスツアーしかない』
神薙は弾かれたように大地を蹴って走り出す。
最早、魔獣旅団などどうでもいい。
早く助けにいかなければと、それだけが神薙の全てを支配していた。
耳元でアイオロスが何か言っているが、よく分からない。
アイヴィーもこっちを見て叫んでいたが、よく聞き取れなかった。
陽菜――ッ!!
神薙は声を出さずに叫ぶと笹塚地区へと向かった。
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