ACT44 迷彩VS迷彩 


 忘却に沈む街アルノールドの背景情報の拡張。

 それは言うまでもなく渋谷区全体に及んでいて、世界最高峰の精緻な位置トラッキングによって、拡張情報と実物体のズレはほぼないに等しい。

 しかし現実の舞台環境の複雑さによっては、異世界を構成する最適なテクスチャが見つからず、実物体が露出してしまう場所がある。


「よりによって興ざめポイントかよ。だがしかぁしっ、この中途半端に融合した感じがなんかオサレだと思わねーかッ!? ブラックコヨーテッ!!」


〈魔獣旅団〉の一人、狼のアニマライト〈人狼〉が、ロングソードを頭上に振るう。

 発動したウェポンスキルは闇を生み出し、それは狼を思わせる形へと姿を変えると、剥き出しの南新宿駅のホームを駆けて神薙へと突っ込んでくる。


 しかし、遠くで発動させるウェポンスキルならば、飛ばし技であると読んでいた神薙は、こちらも同じく遠距離系ウェポンスキル〈桜華飛燕斬〉を使用してそれを相殺。

 同時に前方に向かって駆けていた神薙。

 もちろん〈人狼〉へと近距離攻撃を仕掛けるためだったのだが、その狼男はそこにはいなかった。


 ハイドポイント――いや、姿を隠してくれるテクスチャがないからそれは不可能。

 ならばサポートスキルの〈迷彩〉。


 その答えを導き出すのに二秒。

 そして自身も〈迷彩〉をアクティベートするのに一秒。

 三回しか使用できない〈迷彩〉がこれで打ち止めだ。

〈迷彩〉の代わりに別のサポートスキルを一つ、クイックアクティベート設定しなければと、そこまでで五秒経ったとき、「ちっ」という声がすぐ先にあるベンチのほうで聞こえた。


 刹那、神薙はホームを蹴ってベンチへと距離を詰める。

 ベンチに歪なノイズを発生させる、〈迷彩〉の僅かな粗。

 その粗はベンチ、地面、柱へと動き、神薙は次を予想して桜蒼丸を振るう。

 

 と、確かな手ごたえが伝わり、空間に赤いダメージエフェクトが浮かんだ。

 よし、と意気が揚がる神薙が次を仕掛けようとしたとき、左肩に走る痛み。

 

 ――〈人狼〉の攻撃。

 それは間違いなく、神薙と同じように〈迷彩〉の粗の動きを追い、敵が迫ってきていることを知っての反撃。

 

 神薙は咄嗟に柱の裏に回り込んで腰を屈める。

 頭上で何度か風を斬る音が聞こえ――止む。

 転がって柱を飛び出す神薙はそのままホームの下、線路へと飛び降りる。

 そこは、プラットフォームと違い草地のテクスチャが貼られていた。

 

 すると背後から着地の音が聞こえる。

〈迷彩〉の粗探しから逃げ出す形となった神薙だが、〈人狼〉はそうはさせまいと同じく線路へと飛び込んだようだ。

 

 しかし、果たして〈人狼〉は気づいているのだろうか。

〈迷彩〉の持続時間である十五秒がまもなく終わることを。


 眼前に突然、赤と黒のツートンカラーの鎧が現れる。

 人狼の〈迷彩〉が終わり、狼のアニマライトが動揺を表して戦意を散漫にさせた。


 そこを見逃す神薙ではない。

 神薙は自身に残された三秒の透明化インビジブルの優位性、及び残躯流の俊敏性でもって人狼に二連撃を食らわせる。


「ぐ――っそがああああぁっ!」


 痛みをこらえながらも反撃に転じる〈人狼〉。

〈迷彩〉の効果が消えた神薙は、右方に大きく跳躍して狼戦士と距離を取る。

 ただそれは、そうせざる要因があったわけなのだが、追い詰められている〈人狼〉は焦慮からなのだろう、その要因を失念。


 こちらに走り寄る〈人狼〉は、


 見えなくとも、そこにあるという認識は常に持っていなければならない。

 例え敗色濃厚となり、焦燥に駆られていたとしてもだ。

 でなければゲームオーバーを自分で引き寄せることになる。


 神薙は倒れ込む〈人狼〉の上半身を両断するように〈桜華一閃〉を叩きこむ。


「がっ!?」


 全HPをなくした狼男は地面に倒れ込んだ後、唸り声を上げながら腹を押さえる。

 うずくまる〈人狼〉のこちらを見上げる視線に、未だ鮮明なる敵意を感じたその時。


「エクサっ」


 線路の向こうからアイヴィーが声を上げる。

 ほかの場所で別の〈魔獣旅団〉とデュエルしていたはずだが、一人でいるのを見る限り討伐を終えたということなのだろう。

 

 頭上のHPゲージが三分の一ほど減っている。

 それくらいならよくあることだが、やはり仲間の減少したHPゲージを見ると平静な心が波を打つ。


 神薙はボディバッグになった〈人狼〉を横目にしながら、アイヴィーの元へ走る。

 頬を緩めて手を振るフォレストエルフ。

 気丈に振舞っているものの斬られた部位が痛むのか、その笑みには無理が垣間見えた。


「大丈夫か? どこだ?」


「右腕と背中。連携が巧み二人だったから、ちょっと苦戦しちゃった」


「あそこ……ホーム下の退避スペースがハイドポイントになっている。一旦そこに隠れてHPゲージの回復に――」


「大丈夫。それよりほかの仲間の加勢に行かないと。ユークへGOよ」


 神薙のそれを遮って、線路を南へと走るアイヴィー。

 どうやらユークが南の意らしいが、GOが英語なんだからそこはどちらかに統一しろよ――などと心中で突っ込みを入れる神薙は、ホームを抜けた先の踏切に現れたプレイヤーを見て安堵した。


「クライブっ、キャラットっ」


 トラとネコのアニマライトは一瞬、戦意を露わにしたが、呼んだのが走り寄って来る神薙だと知ると、そのアニマルフェイスを二人して和らげた。

 無意識に確認するHPゲージ。

 クライブは二割減で然して問題はない。

 しかしキャラットは六割ほど減少していて、神薙は息を飲んだ。


「おう、お二人さん。生きてて何よりだ。こっちはキャラットがちょっと食らいすぎちまってよ。……このバカ、俺のことかばいやがって」


「バ、バカとか言う――ッ……んにゃにゃ、痛くて声が出ないにゃ。へへ」


「なら黙ってろ。……エクサ、悪いが俺はこいつのHPがある程度回復するまで、デュエルには参加できない。先に行っててもらえるか? 副団長達ならそっちに進めばいるはずだ」


 ふらつくキャラットを心配そうに支えるクライブ。

 神薙は「分かった」と首肯すると、ハイドポイントがある場所を教えたのち、ナイトホローとリーザロッテの元へと向かう。


「辛いわね。いつも元気なキャラットのああいう姿を見るのは」


 アイヴィーのそれには、心の底からの哀れみ、そして滾るような怒りがあった。


「――ああ」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る