ACT42 倉庫の中で ―寄り添う少女達―


 目の前に立つ人間が、乗客を拉致した連中のリーダーなのだろう。

 ほかの連中と同じようにマスクをしているので分からないが、どうやら男のようだ。


 その男が口を開こうとしたところで、陽菜達が乗っていたのではないバスのほうから、「いやよっ、私は絶対いやっ」と金切声を上げる女性が、マスクを被った大柄の男に羽交い絞めにされながら出てきた。


 スーツに着替えることに抵抗してのことなのか、彼女は私服を着たままだった。


「おー、いたっ。バカな奴。よーし、そいつをデモンストレーションに使うから、ぶん殴ってでも着替えさせてこい」


 拉致犯のリーダーが嬉々とした声を上げてそんなことを言う。

 一体なんのデモンストレーションなのかは不明だが、『そいつを使う』という文言に、ゾッとするものを覚える陽菜。

 

 と、バスの裏から怒号、そして「ぎゃっ」っという叫び声が聞こえた。

 本当に殴られて着替えを強制されているのかもしれない。

 夏希と野々花の青ざめた表情がこちらに向けられるが、陽菜は何も言うことができなかった。


「みなさん、こんにちは。ん、もう二十時前だからこんばんはかな。こんばんはーっ」


 リーダーの男が、ビッと手を上げて集まった乗客に声を掛ける。

 硬直したような乗客達の反応は、ほぼない。

 しかしリーダーの男は気にすることなく先を続けた。


「私の名前はヴェノムと言います。さて、皆さんは、なぜこんな状況に陥っているのか未だ混乱の只中にいるよね? 順序立てて言うと、まずバスジャックをしました。朝の段階でね。だから運転手も添乗員も俺の仲間なんだよ。じゃあ本物はって聞かれると答えづらいな。もしかしたらトランクルームにでも入っているかもしれないね。

 

 ちなみに今いる場所は渋谷区笹原の倉庫の中。各々のツアー先じゃなくて悪いけど、最初っからここに来る予定だったからね。外は現在〈ジェニュエン〉中だけど、君達にも今から参加してもらうので宜しく。その顔に付けたゴーグルとスーツはその為のものだから。ただ、参加するって言っても、なんだけどね。


 そうそう、君達はもしかしたら疑問に思っているんじゃないかな。なんで若い女性しかいないのだろうって。それはね、お客様であるハンターがそう熱望したからなんだよ。どうせ人間狩りするなら、男やババア狩るより若い女のほうが興奮するじゃんって。だから大金渡してツアーの企画を通してくれた某社長に、応募者を選別してもらって若い女性だけにしたんだよ。追加料金払ってさ。がめついんだよ、あの某社長。まさか拉致の片棒を担がされているとは思ってもみないだろうな、くく」


 理解力が追い付かない。

 ゴーグルとスーツが〈ジェニュエン〉用だということは分かった。

 ただ、なぜ私達がその〈ジェニュエン〉に参加して、且つ獲物として逃げなければならないのか、どうしても理解できなかった。


「やっぱり〈bリング〉は使えない。助けも呼べないのかよ……くそ」


「電波が遮断されているんだよ、多分。どうしよう、絶対これ、ヤバイよ――っ」


 怯えた顔に焦燥を滲ませる夏希と野々花。


「大丈夫、大丈夫だよ」


 陽菜は寄り添う二人に笑顔で声を掛ける。

 なんの根拠もない励まし。

 笑顔も引き攣っていたかもしれない。

 でも自分まで膝を抱えて悲観したら沈んだまま立ち上がれないような気がして、陽菜はもう一度力強く「絶対に大丈夫だから」と言った。


 そこで、先ほどバスの裏に連れていかれた女性が、マスクを被った大柄の男に引っ張られるようにして戻って来る。

 女性はスーツを着ていて、やはり殴られたのか、その顔を痛々しく腫らしていた。

 嗚咽を漏らす彼女がリーダーの男の横に立たされた時、視界の隅が騒がしくなる。


 見ると、そこにはもう一台のバスから降りてくる黒スーツ姿の男性五人がいて、尊大に構えた態度でこちらへと歩を進めていた。

 全部で六人いる拉致犯達とは違う雰囲気だが、全員が拉致犯達と同じくゴーグルの上からマスクを着用しているのを見る限り、あちら側の人間であることは間違いないようだ。


「お、タイミングよく来られましたね。今から丁度デモンストレーションをお見せしますので、〈お客様〉はそちらに並んでご覧になって下さい」


 五人の男達に、やけにへりくだった口調で言葉を掛けるリーダーの男。

 お客様であるからなのだろうが、であれば彼らが買った、或いは買う予定の商品とは一体なんなのだろうか。

『獲物』という言葉が悪寒戦慄に似た寒気を呼び起こした時、リーダーの男が両手を柏手のようにパンッと叩く。


「さて、君達。まずはログインをしてもらおうかな。画面の真ん中に【ログイン】とあるよね? ずっと気になっていたと思うんだけど、まずはそれを指でタッチ。すると両手の形をしたシルエットが出ると思うから十本の指を合わせて指紋認証。あー、どんな指紋も認証されるように設定変更されているから、指紋さえあればいいからね。みんなあるよね? 指紋。最後に【ボイスインプット】の文字が出たらこう言うんだ。Dive to the genuineダイブ・トュ・ザ・ジェニュエン――と。音声もどんな声でもオッケーだから、声が出ない人がいたら近くの人が言ってやるんだぞー」

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