ACT41 倉庫の中で ―目覚め―


 雑音が聞こえた。

 陽菜はゆっくりと目を開けると、明瞭としない意識で外界を認識する。


 バスの中……?


 すると、うすぼんやりとした視界に入ってくる夏希の寝顔。

 その顔に何か付いていることに気づいた時、雑音の正体が分かった。


 数人の人間が喚いているのだ。

 不安、或いは恐怖に彩られた声色でもって。


「……陽菜? あれ、私寝てた? つか、陽菜、顔に何付けてんの?」


「え?」


 夏希はそこまで言うと、寝ぼけ眼を擦ろうとしたのか目に指を持っていく。

 しかしその指は、いつの間にか装着されていたゴーグルによって阻まれた。


「え? なにこれ? 顔になんか付いてる」夏希は焦ったようにゴーグルをべたべたと何度も触り、最後に右耳のイヤーパッドを握りしめたところで、「陽菜と同じ奴っ!」と陽菜の顔を指さした。


「わ、私もっ?」


 狂騒に近づいていく周囲の動揺の声を聞きながら、陽菜は恐る恐る指を眼前に近づける。

 するとそこには夏希の言った通りの物があった。

 左隣から「ん、んん……」と野々花の声が聞こえ、陽菜は咄嗟に顔を向ける。

 野々花の顔にもそのゴーグルは装着されていた。


 少し腰を浮かせて前を見ると、ほかの乗客も同じようなゴーグルを付けていて、しかも全員が、何者かによってその状態にされたと言わんばかりの狼狽うろたえぶりだった。

 

「こ、これ、取れないっ、後ろのベルトが硬くて……っ」


 ゴーグルを外そうと試みるが、全く外せない夏希。

 陽菜も試してみたががっちりと固定されていて、どんなに力を込めても僅かにずれる程度だった。

 


 ところで、さきからずっと赤い【ログイン】という文字が、ゴーグルの中央で光っている。

 それを煩わしいと感じながらも気にする余裕もないのは、自分達が置かれた状況が一切分からず、それでいてただならぬ状況にいることを半ば確信しているからだ。


 

 

 

 

 それは可能性ではなく確定的な答え。

 あの時、ガスマスクを付けた添乗員が何かを転がし、そこからガスが噴出して陽菜達は意識を失った。

 そして場所がまだ渋谷区だったことを考えれば、やはり答えはそれしかない。


 ……目的はなんなのだろうか。

 一体、誰が何のために、陽菜達バスツアーの客を拉致したのだろうか。


「え? 何、これっ! え? 陽菜――夏希もっ!?」


 意識の鮮明になった野々花が、ゴーグルの存在に気づいて顔を恐怖に引き攣らせる。


「うん。多分、このバスにいる人みんなだよ」


 野々花の先、窓の向こうにはもう一台のバスがあり、陽菜はその中にいる女性と目が合う。

 その顔から伺い知ることができるのは、こちらのバスの乗客と全く同じ状況であるという事実であり、彼女は陽菜達と同じようにゴーグルを着用して恐怖の色を浮かべていた。


「倉庫? ここ、どっかの倉庫だよな?」


 身を乗り出してくる夏希のその問いに「そうみたい」と答えたその時。


「皆さん起きられましたか?」


 前方の乗車口から入ってきた誰かが、注目を浴びるようにひと際大きな声を出す。

 騒然としていた場が静まり返り、皆の視線がその男性へと向く。

 

 その声には覚えがある。

 あのガスマスクの添乗員だ。

 しかし今はガスマスクではなく、強盗のようなフルフェイスマスクを被っていた。

 両目の近辺、及び右耳が不自然に盛り上がっているが、この添乗員もおそらくゴーグルを装着しているのだろう。

 

 彼の服はタイトな黒いスーツであり、陽菜はそのスーツに見覚えがあった。

 どこで見たのだろうかと考える間もなく、強盗マスクの男が声を発する。


「では皆さん、今からこれに着替えてください。ここに置いておきますので全員必ず着用してから降りて下さいね。着替えていなかった場合、強制的に着替えさせますので宜しくお願いします」


 抑揚のない淡々とした口調。

 しかし内包されるのは反論を許さない無理強いであり、添乗員の男は声を発しない乗客に満足したように頷くとバスを降りていった。



 □■□



「そうだ、まだゲームオーバーになるなよ。お前は俺がるんだからな」


 大型ステーションワゴンの後部座席。

 そこで横になりながら、プレイヤーサーチ中のフィールドマップを見ていたヴェノムは、【エクサ】と書かれたプレイヤーアイコンを指ではじく。

 

 そのエクサは、どうやらあの〈魔獣旅団〉とデュエル中のようだ。

 〈魔獣旅団〉の連中が、エクサ以外の五人を都合よく殺してくれないかと願ったところで、「お、出てきたぞ」と運転席に座る仲間が窓に顔を向けた。


「よっこらせ」と上体を起こすヴェノムは、フィールドマップを閉じたのち、仲間と同じく窓に目を向ける。


 視界に入る、〈お客様〉用以外の二台のバス。

 その二台のバスの中からぞくぞくと降りてくる乗客達。

 怯えている者、泣いている者、気丈に振舞っている者など、彼女達の状態は様々だが、仲間の命令にちゃんと従っているのか、今のところその全ての乗客がデュエルスーツを着用していた。


 ――バカが一人いるほうが選ばなくて済むんだがな。


 ヴェノムは車から降りると彼女達の元へと向かう。

 仲間達が下りてきた彼女達を誘導して、丁度二台のバスの前に座らせる。

 ヴェノムは仲間の一人に〈お客様〉を連れてくるようにと伝えると、我こそがリーダーであることを知らしめるために彼女達の前に悠然と立った。

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