ACT40 私が、嘘を、吐いただと?

 

 クライブはそう口にすると、それこそタゲを取った状態で狙われているというのに、大剣〈ブレイズセイバー〉を構えて七体のモンスター達へと攻め込む。


 たった一人なら無謀。

 しかしクライブの後ろには我らが副団長ナイトホローともう一人の団員もいる。

 神薙はアイヴィーと視線を交えたのち頷くと、混戦の渦中へと飛び込んだ。


 

 □■□



「なんでっスかっ、副団長ぉ! イベントボスを見つけた場合、俺にやらせてくれるって言ったじゃないですかぁっ! 俺の〇〇〇〇蹴り上げて悪いと思っているからって――ッ」


 クライブが口を尖らせてナイトホローへ詰め寄る。


 イベントボスとはさきほど狩り終えたギュスターグのことであり、広大なデュエルフィールドではなかなか出会えないレアモンスター扱いとなっている。

 ゆえに会得できるウイニングポイントも多く、最後の一撃――ラストアタックLAで揉めることも多いのだが、眼前で正にその揉め事が発生しようとしていた。


 どうやらナイトホローが、イベントボスのLAをやらせるとクライブと約束をしていたらしいが、自分で倒してしまったらしい。

 さて副団長殿はどう答えるのだろうか。



「悪い。ケルベインと間違えた」


 

 淡々と無感情に答えるミスサクランボ。

 絶対嘘だと神薙は思った。


「ま――間違えるわけないっスよぉっ!! どこをどう見れば間違えるんすかっ!! ……副団長、絶対、嘘ついてますよね?」


 その瞬間、空気が変わる。

 モンスター達を倒した充足感を消し去って尚、余りある凍てつく波動。

 触れると肉が裂けるかのような冷気を生み出しているナイトホローは、ゆらりとクライブの前に立つと静かに、それでいて凝縮した殺意を口から零した。


「私が、嘘を、付いただと?」


「へ? あ、いや……イ、イベントボスのLAは、お、俺にやらせてくれるって言っていたような気が……」


 眼光鋭く見上げるヒュルフを前にして怯える虎。


「私が、嘘を、付いただと?」


「ち、ちち、違いますよっ、嘘だなんてそんな。……いやだなぁ、もう。ただ、そんな風に聞こえたような気がしたんスけど、か、勘違い、かなぁ~」


「私が、嘘を、付いただと?」


「か、勘違いっ、勘違いっ、俺の勘違いでーすっ!! 副団長はそんなことは一言も言っておりません、はいっ!!」


 凍えるような殺意が霧のように霧散し、幾本もの張り詰めた緊張の糸が切れる。

 神薙は蚊帳の外にいるというのに、安堵して体を弛緩させた。


「そうか、やはりお前の勘違いだったか。ならいいんだ。でも、次からは気を付けろよ。その勘違いで命を失うこともあるからな」


 クライブの肩に手を置く、満面の笑みのナイトホロー。

 そのクライブと言えば、うなだれた顔を青白くさせて「はい……はい……」と呟くのみだった。



 □■□



 其処かしこにつたの絡まった朽ちかけた神殿。

 そんなテクスチャを張られた明治神宮を通り過ぎてしばらくすると、広大な公園の終わりが見えてくる。

 その間、プレイヤーやモンスターと何度か遭遇したが、六人揃ったブラヴォーパーティーにとって脅威と言える瞬間はほぼなかったと言っていい。


 しかし、この先いる〈魔獣旅団〉相手ではどうだろか。

 

 焔騎士団が一パーティーで六人。

 魔獣旅団が二パーティーで十二人。


 数において〈魔獣旅団〉がぴったり倍だ。

 統率力もあり、一筋縄ではいかないだろう。

 しかしデュエルのセンスで焔騎士団が遅れを取ることはない。


〈ジェニュエン〉を歪んだ快楽を満たすための道具としてしか見ていないダストに、鉄の意思と意志を併せ持つ焔騎士団が負けることは絶対にない――。


「そういえば、〈魔獣旅団〉の中にヴェノムの名前はなかったわね」


 ふと横を走るアイヴィーが、しばらく忘れていた男の名前を口にする。

〈ジェニュエン〉で神薙を必ず殺すと息巻いていたヴェノムだが、神薙は未だ奴とは出会っていない。

 別れていたナイトホロー達が討伐したのなら教えてくれるはずだが、それもない。

 となると、残ったプレイヤーの中にまだいるか、或いはあずかり知らぬデュエルで敗れて〈ジェニュエン〉からすでに退場したかどちらかだろう。


 ぐううぅ。


 突然、腹が鳴る。

 時間的は夕飯時であり、確かに神薙の胃袋は食べ物を欲していた。


「ふふ、聞こえたわよ。彼女……甘城さんの手料理まではあと二時間半よ、がんばって」


「ち、ちょっと待て。なぜここで陽菜の手料理が出てくる? 夕飯を作ってもらったこと一度もないぞ」


「あらそうなの? でも今の言い方だと、朝ごはんかお昼ご飯は作ってもらったことがありそうな感じだけど」


「……あっちゃいけないのかよ」


「あー、やっぱりあるんだー、ふーん、彼女だもんねー」


 何かを含んだように、わざとらしく語尾を伸ばすアイヴィー。

『ぐぬぬ、さて、どう言い返してくれようか』と思案しているうちに、彼女はキャラットの横に行ってしまった。


 ――ヴェノム同様にその存在を亡失していた陽菜。

 今頃、旅館でうなぎの蒲焼でも食べているのだろうな、と思ったところで、神薙のお腹がまた盛大に鳴ったのだった。

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