ACT39 モンスターハント


「はああぁっ!」


 美麗なる剣士アイヴィーのヴァシリサが、閃光を走らせる。

 モンスターは雄たけびのような絶叫をあげると、ポリゴンの破片をまき散らせた。


 出現するモンスターは、拡張された舞台によって決まる。

 今回の〈ジェニュエン〉では〈ワールド〉にある、忘却に沈む街アルノールドが舞台となっているが、そのアルノールドは『狂王が病の娘の命を救うために、街そのものを魔帝ノトゥスに売った』というバックグラウンドがあった。


 アルノールドに攻め入る魔帝の眷属けんぞく達は、街の人間全て殺したのち魔界へと帰っていくのだが、残されたのは蹂躙じゅうりんされた街だけであり、ゆえにアルノールドはいつの日か世界の人々の記憶から忘れさられてしまい、忘却に沈む街となったのだ。


 細剣の使い手であるフォレストエルフが切り捨てたのは、その魔帝の眷属――ケルベインだ。

 古典的モンスターであるウルフマンを更に凶悪化したような毛むくじゃらのモンスターなのだが、そのリアルな造形はプレイヤーからは感じることのない威圧感を覚えさせる。


 とはいえ、生身のプレイヤーとは違い、魔帝の眷属は仮想キャラだという絶対的な認識を有していることもあり、二人の勇ましき女戦士は一切の物怖じもせずにモンスターハントを楽しんでいた。


「キャラの爪のほうがお前の汚れたツメより――強いにゃっ!」


 キャラットが、それこそ猫を思わせるしなやかな跳躍ののち、ケルベインの頭上に、両手の爪を振り下ろす。

 指先から伸びる長いツメで防御の姿勢を取るケルベイン。

 だがキャラットの言う通り彼女の爪のほうが(レベル的に)強かったらしく、ケルベインは爪を破壊されたのち、脳天から下腹部までに三本の裂傷エフェクトを浮かび上がらせて弾けた。


 その向こうでは勇猛果敢なフォレストエルフが、通常攻撃とウェポンスキルを織り交ぜて二体のケルベインを翻弄ほんろうしている。

 

 エルフの里に攻め入ようとする野獣を、自ら先頭に立って向かい打つ姫君。

 

「お前達のような邪悪な存在を立ち入らせるわけにはいかない。ここで成敗してくれるっ!」


 ――とアイヴィーは言っていないが、そんな想像もありだよなと眺めていると、あぶれたケルベインが神薙の元へとやってくる。


「よお、男の俺でよければ一戦、交えてもいいぜ」


 やたらと女性陣に向かっていくケルベインの一匹に、俺は声を掛ける。

 グアアアアアアアッと吠える狂猛な狼人間。

 よもやメスではないよなと思いつつ、神薙は迫りくるケルベインのツメに桜蒼丸を重ねた。



 ■□■



 そいつは神薙達が、渋谷区で言う代々木公園中央広場に着いたとき、初めて目にしたモンスターだった。


 真紅のフードに身を包み、アリクイのような極端に細長い口吻こうふんを持つジャファー。

 その風貌から予想していた通りの魔法を使用する魔導士設定であり、近接攻撃担当のケルベインとの連携攻撃がなかなか手こずらせてくれる。


「むにゃにゃ。あいつら遠くから闇の魔法とか卑怯だにゃっ。エクにゃんとアイヴィーにゃん、ケルベインは任せるにゃ。キャラが電光石火の勢いで仕留めてくるにゃっ」


 と、キャラットが最適であろう戦術を述べた瞬間、頭上でバチバチッという音と眩い光が同時に発生する。

 咄嗟に横に飛んで退避する神薙。

 すると立っていた場所に黒い雷撃が落ち、地面に焼け焦げたエフェクトが現れた。


 刹那、間髪入れずに襲い来るケルベイン。

 予測していた神薙は、鋭利を思わせる爪を上半身を傾けて避けると、後ろに振った桜蒼丸でその背中に斬りつける。


 断末魔の叫びを上げて〈ジェニュエン〉から退場するウルフマン。

 その狼人間に気を取られた一瞬。

 隙を突くように別のケルベインが右手咆哮から走り詰めてくる。

 ダメージを覚悟しての反撃に打って出る神薙だったが、そのケルベインは疾風を纏うアイヴィーの華麗なる突きによって、頭を串刺しにされたのだった。


「サンキュー、助かった」


「どういたしまして。これで貸しが三つね。いつ返してくれるのかしら」


 腰に手を当てニコリとする、エルフの姫君様。


「……今日中。は無理だから来月だな。と、ところでキャラットはどうした?」


 相棒に借りを三つも作ってしまったばつの悪さを誤魔化すため……というわけではないが、先まで一緒にいたキャラットがいなくなっていることが気になる神薙。

 しかし、「あそこだけど」とアイヴィーが指を向けた方向に目を遣ると、池の向こう側でバッサバッサとジャファーをハントするアイヴィーがいた。


「私もキャラットに借りを返さないといけないみたい」


 アイヴィーの呟きを聞きながら、さて、俺の借りはいくつ増えたのだろうかと思案した矢先、視界の右、樹々が密集する箇所から六体ほどのケルベインが姿を現した。

 しかし現れたのは魔帝の眷属だけではなかった。


「あれは――っ!?」


 アイヴィーが両目を見開いて一驚する。

 それもそのはずだ。

 魔帝の眷属を率いるかのようなそいつは、ただでさえ体格のいいケルベインの二倍程の体躯の持ち主だったからだ。

 

 伝承や神話のオーガ、或いは日本の鬼を思わせる、モンスター名ギュスターグ。

 その怪物は、不運にも居合わせてしまったプレイヤー四人を電柱のようなこん棒で蹴散らすと、ケルベインを引き連れて神薙とアイヴィーの元へと一直線に突っ込んでくる。


「まるでタゲを取ったみたい狙われているみたいね。なんでかしら」


 ――タゲを取る。

 つまり、『攻撃などで憎悪ヘイトを溜めて、敢えてターゲットとなる』意なのだが、もちろんそんなことはしていない。


 ならば。

 

「お前が引き寄せているんじゃないのか。その――」


 ――美貌で。

 などと言いそうになって口を閉じる神薙に、「その?」と小首を傾げるアイヴィーだが、すぐそこに迫る危機的状況が森エルフの追求を妨げてくれた。


 距離を詰めてくるイベント用モンスター達。

 キャラットがいない中、神薙とアイヴィーだけでなんとか対処するしかない。

 スキルゲージの温存など考慮せずに、ウェポンスキルをそれこそ怒涛の如く使用してまずは取り巻きのケルベインから――と行動を確定したその時。


「ブレイズ・オブ・イフリートッ!!」


 誰かの叫ぶ声が横手方向から聞こえた。

 刹那、猛炎の波がギュスターグ達を飲み込む。

 圧倒的な炎と熱に包まれたモンスター達の叫喚を耳にしながら、その誰かに目を向ける神薙。

 そこには真っ赤な大剣を持つトラのアニマライトがいた。


「待ち合わせ場所に来てみれば上等な客がいるじゃねーか。そのデカブツは俺が貰うぜ」

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