ACT37 覆道の戦い ―狼煙―
神薙は縫うようにダスト達の間を進むと、バルバロッサと対峙する。
「このガキッ――どおぉりゃッ!!」
接近に気づいたバルバロッサが、歯を食いしばって両刃の斧を振り回す。
神薙はくぐるようにしてその攻撃を避けると、敢えて反撃はせずにその耳元に呟いた。
「ウガンダか? ルワンダか? どっちの生まれだ?」
ゴリラ男の表情がみるみるうちに沸騰していく。
湯気のエフェクトこそ立ち昇ってはいないが、怒髪天を衝いたのは確かなようだ。
そのまま覆道のほうへと走り抜ける神薙。
案の定、怒りMAXで単身、追いかけてくるバルバロッサ。
するとそのバルバロッサが、ライトエフェクトに包まれた斧を振りかぶって跳躍の姿勢を見せた。
――ウェポンスキル。
しかし神薙との距離は五メートルはある。
振り下ろすにしても届くはずがない。
やけになったかと一瞬思ったが、しかし。
「だぁれが、コンゴ共和国育ちのマウンテンゴリラだッ! ファイナルエクスプロードッ!!」
そのジャンプからの一撃が大地へとめり込み、大気を震わせる。
『最後の爆破』なるスキルが地面にクレーターのようなテクスチャを成形させると、大小の
とっさに防御姿勢を取る神薙。
腕による防御でなんとか頭への被弾を回避するが、肉のカーテンゆえにノーダメージではない。
HPゲージを見ると、二本目の八割だったそれが六割まで減っていた。
おまけに等しい石礫の烈風でこれでは、斧の打ち下ろしをまともに食らった日にはゲージ一本ごっそり持っていかれるかもしれない。
ふと、視界の隅に覆道の脇道が目に入る。
雑草の中に倒れているプレイヤーが三人。
デッドマンであればボディバッグオブジェクトのはずであり、そうでなければもう答えは一つしかない。
ターミネーターズの連中に、デスゲージをMAXまで溜められてリアルな死へと追い遣られたのだろう。
沸々と湧きあがる怒り。
それはバルバロッサに対してというよりも、このような悪魔的な仕様を
――人の命を
いつの日か聞いた、アイオロスの言葉を思い出す神薙。
彼の目指す場所は神薙もまた向かうべき未来。
そう、アイオロスという指針に導かれて神薙は進まなければならないのだ。
柱の間から入り込む太陽光を遮るように斧の柄を持ってくるバルバロッサが、神薙の何かに気づいたのか両目を見開く。
すると合点がいったかのようにほくそ笑むと、二、三度頷いた。
「その胸元の焔を囲った円卓の紋章……てめぇら、あの焔騎士団か。確かお前らは、俺らみてぇな仕様に準じて人殺しを
「憐れなもんだよな」
「ハハハ――ハァ? ……なんだって?」
「お前も俺も憐れなもんだ。俺達は所詮、
「おい、何の話してんだよ。傀儡? よく分かんねーけど、さっさと始めようじゃねえか。相手が焔騎士団ならウイニングポイントもたんまり入りそうだしな。すぐにめったくそに切り刻んで――」
「だが、俺はお前とは違う。享楽にふけて甘んじるか、それを否として変えようとするか、その一点において明確に」
「てめぇ、いい加減にしろよ。何、独り言呟いていやがるっ! マジで苛ついてきたぞ、コラ」
「変えようとする意志は存外、心地よく、そして俺をどこまでも強くする。――だから俺はこんなところでは……」
「だまれぇッ、うっがあああああッ!!」
――決して、つまづいたりはしない。
猪突猛進の勢いでバルバロッサが襲い掛かってくる。
横に構えた両刃の戦斧を発光させているが、それはウェポンスキル発動のシグナル。
同時に大地を蹴った神薙は、その構えからの軌道を読んで次の行動を決める。
「ギロチンウインドぉぉッ!!」
横薙ぎされた斧から拡散する、円形状の赤い光の刃。
それは予想通りの横に対する範囲攻撃。
バルバロッサの斜め下に滑り込んでいた神薙は、頭上を横切る斧を見届けるとゴリラ男の真後ろで立ち上がる。
驚愕するゴリラ男の横顔が見え――。
神薙は解放した。
「桜華乱舞ッ!!」
長い、長い、闘いの
■□■
倉庫の窓からエラゴンアークの世界が見える。
巨木のところでダークエルフとゴブリンが戦っているが、素人臭い二人の
ボディバッグになったダークエルフを確認すると、周囲を索敵したのち去っていくゴブリン。
一瞬、目があったような気がしたが、向こうからは窓は壁のテクスチャにしか見えないのか、こちらの存在が気づかれることはなかった。
「なんだよ、デスゲージ減らさねーのか。ゴブリンがスポーツマンシップに
木箱の上に座る■■■はそう毒づくと、視線を倉庫内へと戻した。
約百三十坪の、撮影などに使われる小ぎれいなスタジオ倉庫。
舞台は極力、渋谷区の端のほうと決めていたのだが、笹塚の『東京都道431号
〈ジェニュエン〉が始まってまだ二時間の今ではプレイヤーが其処かしこで目に付くが、残り二時間にもなれば笹塚一帯は圏外となり、独占に近い状態でプレイエリアとして使えるはずだ。
つまり、今の段階ではやることはない。
ひたすらその時が来るのを待つだけだ。
仲間の連中もそのことは分かっていておとなしいものだが、如何せん、お客様はそうはいかない。
事前に待ち時間が長いことは重々説明済みであり、各々がその財力を生かした娯楽を持ち込んではいるが、中には我慢のボーダーラインがやたらと低い奴もいるのだ。
と思った矢先から、三台のうちの一台、お客様用のバスから立腹顔の男が出てくる。
その、ピザデブと揶揄されそうなお客様(ドワーフの戦士)は、■■■のほうではなく、仲間の一人のほうへと向かうと、なじるような剣幕で迫った。
大方、早く始めろとでも言っているのだろう。
困惑を表すように、両手を広げてこちらを見る仲間。
■■■はやれやれといった体で首を振ると、木箱から降りてピザデブドワーフの元へと向かう。
幸い、拡張されたデスピエロマスクのおかげで愛想笑いを浮かべる必要もない。
しかし明るい声を出すには、それでもお世辞笑いを浮かべなければならないのだが。
■■■は心中で中指を立てたのち、言った。
「お客様ー、クレームは私め、ヴェノムが
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