ACT36 覆道の戦い ―戦術―


「んにゃにゃにゃにゃにゃにゃっ!」


 キャロットがお馴染みの掛け声が覆道に響く。

 バルバロッサ及び、ゴリラ顔による殺人の一挙手一投足を見逃すまいとしていた連中が、一斉にこちらを向く。


 一瞬のたじろぎのあと、即座に臨戦態勢を整えるターミネーターズ。

 その切り替えの早さには感心するが、彼らはどうやら気づいてない。


 キャラットを先頭にして、神薙とアイヴィーがその真後ろを走る。

 するとキャラットが、イエローのエフェクトを発光させていた両手を柏手を打つかのようにパァンッと鳴らした。


「〈黒の猫だまし〉、だにゃんっ!」


 その瞬間、疾駆はそのままに神薙は左側へ、アイヴィーは右側へと体をずらす。

 ダスト達は、それでも神薙と彼女の存在には気づかない。

 それは、二人が体を背景へと同化させるサポートスキル〈迷彩〉を使用した上に、キャラットのウェポンスキル〈黒の猫だまし〉によって上空に現れた巨大な猫の顔に、ダスト達が気を取られているからだ。


 十五秒間のステルス効果を得ることが出来る〈迷彩〉。


 たかが十五秒。

 されど十五秒。


 神薙はダスト達を無視して覆道を走り抜け、左へと折れる。

 作戦通りであれば、アイヴィーとキャラットはダストにダメージを与えつつ、神薙とは逆の右の道へと曲がったはずだ。


「くそっ、〈迷彩〉持ちがいやがるッ!?」


「いってぇぇな、くそぉッ」


「こんの猫女がぁッ!!」


 広範囲技である、巨大な黒猫のフェイス落としによるダメージ量は微々たるものだが、透明人間と化したアイヴィーの連続攻撃が、ダスト達に混乱を与えたのだろう。

 積極的殺人者達の叫喚めいた怒鳴り声を耳で捉えながら、神薙はハイドポイントを探す。

 

 左にある赤茶けたレンガ作り壁。

 その壁は、自販機を二台拡張させても尚、横に広い。

 壁の端のほうが崩れかかっているが、その付近のレンガが微かな色の違いを見せていた。

 神薙は迷うことなくそこへ向かうと、手を伸ばしてレンガテクスチャへの侵入を確認したのち、体全てを滑り込ませた。


 すると視界がやや不鮮明になり、となりでは自販機の側面が露わとなる。

 なかなかどうして興を削いでくれる状態だが、こればかりはしょうがない。


 と、覆道から出てきたダストの数人が神薙がいる左側を見る。

 しかし誰もいないと判断すると、しばらくしてアイヴィーとキャラットいる右側の道へと視線を向けた。


「……〈迷彩〉持ちがどんな野郎かと思えば、女とはな。そっちのメス猫もそうだが、全く舐めたことしてくれやがる」


 ゴリラ顔のバルバロッサが、彼女達に両刃の斧を向ける。

 神薙の予想通り、〈迷彩〉持ちが二人いて、且つその内の一人がハイドポイントに潜んでいるという想像までには至らなかったようだ。


「あら。女のプレイヤーが〈迷彩〉持ちじゃいけないのかしら? それに今の言い方って――」


「女性差別だにゃっ。特にメス猫とかゆーにゃっ! このウホウホゴリラっ」


「ウ、ウホウホゴリ――ッ!? こんのぉ、ビッチ猫がぁッ! 俺はゴリラのアニマライトじゃねぇっ! ヒューマン族だっ」


「え? ゴリラのアニマライト族じゃないにゃ?」


「ちげぇよっ! ……てめぇ、ほとんど拡張してねーこの俺の顔見て、マウンテンゴリラ扱いとはいい度胸じゃねーか。簡単に死ねると思うなよ。よぉし、お前ら、こいつらを――」


 神薙はそこでハイドポイントからゆっくりと出る。

 そして対面するアイヴィーとキャラットとのアイコンタクトののち、ウェポンスキルを発動した。


「〈桜華飛燕斬ひえんざん〉ッ」


 振り下ろした桜蒼丸の刃から解き放たれる閃光弾。

 彗星のように煌めくライトブルーのエフェクトを見せるそれは、真っすぐダストの一人に向かうと、無防備な背中へと吸い込まれる。

 しかしその勢いは止まらずダストを貫通した先、こちらに顔を向けようとしたもう一人のダストの腰に着弾して、ようやくその姿を電子の塵へと変えた。


「がああぁっ」


「ぐっおぉっ!?」


 被弾したダスト二人が叫び、何事だと騒ぎだすほかの連中が神薙の姿に気づく。

 しかし、遅きに失したと言わざるを得ない。

 ウェポンスキルを出した瞬間に距離を詰めていた神薙は、背中を貫通させられたダストへ袈裟けさ斬りを仕掛ける。


 驚愕の顔を見せるそいつは斬られながらも反撃に打って出るが、狙いの定まっていない剣筋に憶する必要などない。

 難なくガードする神薙は、グッと力を込めて相手の武器を弾いたのち、がら空きとなった胸に連続して太刀を浴びせた。


氷槍タルジュ・ランスッ」


 刹那、遠距離攻撃系ウェポンスキルを発動させたアイヴィーの声が内耳を震わせる。

 細剣ヴァシリサから発射される三本の氷の槍。

 絶対零度には及ばないが、マイナス二〇〇度近い圧倒的な冷気を纏ったそのランスは、闖入者である神薙に意識を向けてしまったダスト――熊のアニマライトに全弾直撃。


 疑似痛覚、及び疑似冷覚に襲われる熊男は、〈タルジュ・ランス〉を浴びた箇所を凍らせながら、矢継ぎ早に迫りくる脅威に顔を青ざめさせた。


「もらったにゃっ。――〈白の猫パンチ〉ッ」


 いつの間にか熊男のふところに攻め込んでいたキャラット。

 その猫娘が、低い体勢から右手の〈清麿きよまろのツメ〉を振り上げる。

 すると、巨大ロボのロケットパンチを思わせる猫の手エフェクトが、下から上へと発射された。


「にくっきゅううぅッ!?」

 

 まともに食らった熊男が奇妙な叫び声を上げたのち、白目を剥いてくずおれる。


 頼もしきヒロイン達を視界に入れつつダストと対峙していた神薙は、オーク男のこん棒による大味な攻撃を避けると、そのメタボ気味の横っ腹に躊躇なく〈桜華一閃〉を打ち込む。

「お、俺の腹があああぁっ!!」と絶叫するオーク男は、出てもいない臓物を押さえるかのような仕草を見せ、やがて地面に突っ伏すと、デッドマンを表すボディバッグへと姿を変えた。

 

 これで三人のダストがデッドマンとなり、ターミネーターズは残りは六人。

 そして、その六人も無傷ではない。


 アイヴィーとキャラットだけで五人いけるか――。

 

 神薙は彼女達の実力に基づいてそう判断すると、視線を残り一人の男に固定する。


 それはバルバロッサ。

 ターミネーターズの頭目。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る