ACT34 トラ男のセクハラ


「遅かったじゃないか」


 ナイトホローが、三段に積み上がったボディバッグの上に座って足を組んでいる。

 彼女のその姿は〈ジェニュエン〉では見慣れた光景ではあるが、どうすればプレイヤーが三人も積み重なるのかは全くもって不明だ。

 ちなみにその他三体のボディバッグは、巨木の傍に散在していた。


「すいません。変態エルフの話が長くって」


「変態エルフ?」とアイヴィーのそれに眉根を寄せるナイトホローが地面へと着地。

 しかしその話題を広げることはせず、〈ジェニュエン〉開始と同時に目視不可となった耳パッドに手を伸ばして、ボタンを押す仕草を見せた。

 エラゴンアーク化した渋谷のフィールドマップを表示したのだろう。


「エクサもだ」

 

 と、ナイトホローが自分の耳パッドを指で叩く。

 神薙は首肯すると、ナイトホロー同様にMRゴーグル越しにフィールドマップを可視化させた。


「丁度、プレイヤーサーチが始まる。エクサ以外は周囲に注意を払っておけ」


 十分に一度、全プレイヤーがフィールドマップに表示されるプレイヤーサーチ。

 

 始まったばかりの最初の段階ではプレイヤーの数が多いので、窮屈な全体マップでは用を為さない。

 なので神薙はマップを五倍に拡大すると、討伐対象のダストが最初にいたとされる場所を視界の中央に持ってくる。

 

〈ジェニュエン〉に参加するプレイヤーは〈ワールド〉もプレイする。

 この絶対的な法則に従って団長であるアイオロスは、ダストの最初の居場所はもちろんのこと、人数、装備、チーム名までを、子飼いの情報屋ハイエナを使って〈ワールド〉で調べ尽くしていた。


 俺のことも調べて、それで焔騎士団にスカウトしたのだろうか――。


 ふと過る疑問を吹き飛ばすように、ナイトホローが声を上げる。


「あと五秒だよっ。……三……ニ……一――よし、対象の居場所を把握しろ」


 次の瞬間、フィールドマップにソナー探知のスキャニングソナーのように、百五十ちょっとの青いプレイヤーマーカーが一斉に現れた。

 

 神薙は目星を付けたマーカーを片っ端から触れていく。

 繰り返すこと二十回目。

 討伐対象であるダストの一人の名前が表示されたマーカーを発見した。

 神薙はそのマーカーに再度触れてロックオンを表す赤色に変えると、残りの八人のマーカーも同様の状態へと変えた。


 今から十分後には全てのマーカーが消えてしまうが、十分あれば間に合う距離だ。

 例え間に合わなくとも近くに行きさえすれば、なんとかなる。


「走るよっ」


 ナイトホローが走り出し、残り五人がそれに続く。

 悠長に歩いてなどいられない。

 ターゲットのダストが離れるように移動する可能性もあるし、ロックオンされていれば他のプレイヤーに襲撃される危険性も高まるからだ。


 其処かしこから雑草が生え、凹凸でこぼこの散見される石畳いしだたみを南へと直走る。

 その起伏は過度に拡張された情報なのか、或いは現実の渋谷の地面がそうなっているのかと脳裏に過ったその時。


「おい、エクサ。アイヴィーの言ってた変態エルフってなんだよ?」


 横に寄って来たタイガーマスク――クライブが声を潜めて聞いてきた。

 こんな時に聞くことなのかと、呆れ半分感心半分で神薙は答える。


「デュエルしたプレイヤーが、アイヴィーの鎧のに興味を持ったんだよ」


「な~る。俺と同じてつを踏もうとしたバカがいたってわけか」


「でも奴はパンツと言っただけにゃ。パンツかどうか本当に確かめようとした大バカのクライブとは次元が違うにゃ」


 研ぎ澄まされた聴覚でもお持ちなのか、キャラットが話の輪に入って来る。

 というか、クライブが本当に確かめようとしていたとは初耳だ。


「……クライブ、お前。いくら仮想でもめくろうとしちゃ駄目だろ」


「ばっか、ちげーよっ。ちょっとだけ覗く素振りを見せただけだ。そしたらアイヴィーの奴、思いっきり膝蹴りしたのち、ウェポンスキルで俺のこと本気で殺そうとしやがって」


『めくろうとする』と『覗く素振り』のセクハラ度にそれほど差異があるとは思えない。

 どちらにしろ変態タイガーマスクであることには違いないわけで、キャラットの「死んだほうがマシにゃ」に概ね同意する神薙だった。


「エクサ、私達はあそこの広場を右に行って、路地を抜けたほうがいいわ。その前に――」


 話題にされていることを露知らずのアイヴィー。

 彼女は走りながら見ていたであろう、パーティー内で情報の共有化されているフィールドマップを消すと、細剣ヴァシリサを構える。

 

 前方には神薙達と同じく六人組のパーティー。

 雄たけびを上げながら突っ込んでくるが、神薙達を最初から狙っていたのかもしれない。


「お前らは行きな。合流の際には連絡する。――ダストをしっかりってこい」


「了解」


 神薙は一も二もなくナイトホローの指示を受け入れると、アイヴィーとキャラットと共に右方へと折れる。

 一瞬、敵対パーティーのプレイヤー達の武器が黄色く光るのが見えた。

 

 だが振り向かない。

 心配する必要など全くない。

 焔騎士団はデュエルのエキスパートなのだから。


 刹那、背後から怒号のような気勢と、閃爍せんしゃくを伴う電子の唸り声が聞こえた。

 それは〈ジェニュエン〉では珍しくもない、ウェポンスキル対ウェポンスキルの狂騒曲。

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