ACT33 スカートの中身


 いきなり敵意全開で来るとは思っていなかったのだろう。

 神薙達にずっと視線を向けていた五人の男達が、こちらの猛進にたじろぐのが分かった。

 

 ライトアーマーの剣士が二人。

 同じくライトアーマーの槍使いが一人。

 そして大剣と戦槌を持ったプレートアーマーの重戦士が二人。


 ヒューマンとダークエルフの混在したパーティーのようだが、全員の頭上に表示されているHPゲージとスキルゲージは共に二本目の半分ほど。

 そこだけを見て、こちらとあちらの優劣が判断出来るわけではない。

 しかし、攻勢に打って出ている神薙達を前にして未だ戦意を露わにしないのは、痴鈍ちどんと揶揄されても仕方ないだろう。


〈ジェニュエン〉には、〈ワールド〉のようにデュエルを申し込むという手順はない。

〈ジェニュエン〉のデュエルはPKで始まりPKで終わるのだ。

 

「んにゃにゃにゃにゃにゃにゃっ!」


 焔騎士団随一の走力で、神薙とアイヴィーを引き離すように疾走しているキャラットことキャットウーマンが、男達の七、八メートル先で跳躍する。

 同時に。


「〈黒と白の咆哮〉――だにゃんッ!!」


 両手にセットした鉤爪――名前を飼い猫から取ったという〈伊助いすけのツメ〉と〈清麿きよまろのツメ〉を後ろから前へと振り下ろした。


 次の瞬間、男達を中心とした直径八、九メートルの範囲で空気が振動。

 間を置かずに、振動の範囲内の光景がテレビのブロックノイズのように乱れる。


「がああ……あ――ッ!?」

「うああぁ――ッ!」


 呻き声を上げる男達。

 キャラットのウェポンスキルである〈黒と白の咆哮〉は攻撃力こそ微々たるものだが、不快な音を発生させることにより、相手に苦痛を与え隙を作らせる特殊効果がある。

 その許容できない猫の咆哮に苦しめられる男達に、神薙は左側から、アイヴィーは右側からと攻め詰める。


 追撃者がいることが分かっているのか、近寄らせんとばかりにやみくもにハンマーを振るっているヒューマンの重戦士。

『パーティー内のプレイヤー同士だと武器もスキルも当たらない』という仕様を知っての、でたらめな行動なのだろう。


 当然、当たる道理のない神薙は、その重戦士を含めた二人のダークエルフをターゲットに決定すると、走りながら〈桜蒼丸〉を定位置へ。

 次に、黄色の発光エフェクトを宿したであろうその〈桜蒼丸〉を強く握りしめると――仕掛けた。


「桜華烈風閃れっぷうせん

 

 それは竜巻の如き荒々しく、且つ鋭利なる五連撃。

 一撃目が重戦士の横っ腹を斬り裂き、右回転からの二撃目がその先にいる槍を持ったダークエルフの胸をかっさばく。

 更に回転を続ける神薙は、眼前で背を向けるダークエルフの剣士へと行き着くと、残りの三撃の全てその背中へと打ち込んだ。



「――参、、伍――ッ!!」


 ラストの振り下ろしのあと、ダークエルフの剣士――プレイヤー名フトシの背中に、致命傷を思わせる三本の赤い裂傷エフェクトが浮かび上がる。

直後、「い、いっとわぁぁあああいッ!!」とフトシがその場で発狂気味にのたうち回った。


 フトシのHPゲージは一本目の二割程度と、デッドマン寸前の状態だ。

 おそらく装備の防御力が低いのが最大の理由だろうが、それに加えて神薙のウェポンスキル三連撃、しかもバックアタック補正でダメージ量が十五パーセント増えたとなれば、それも当然と言えた。


 瀕死のフトシは一旦、脇に置いて、先に一撃目とニ撃目を与えたプレイヤーのほうから――と攻撃の体勢に入った時。


「〈氷撃タルジュ・ソル〉ッ!!」


 颯爽と視界に現れたフォレストエルフの放つウェポンスキルが、ヒューマンの重戦士の胸に小さな円を穿うがつ。


 銀髪をなびかせるアイヴィーは、突進の勢いのままに重戦士の後ろへと回ると、左足を軸にして華麗に急旋回。

 次に右手を高速で突き出すと、握られている細剣ヴァシリサの刃が重戦士の腰を二度、滑走した。


「冷――っぎゃああああぁぁ」


 氷属性の〈タルジュ・ソル〉で胸に冷気が襲ったのも束の間、HPゲージがゼロデッドマンとなった際の最大の疑似痛覚によって叫ぶ重戦士。


 神薙は、それを横目にしながら槍使いのエルフへと桜蒼丸を向ける。


「う、うわあぁッ!!」


 錯乱状態なのか、でたらめな突きを繰り返す槍使いエルフ――マサオ。

 強襲、そして体を襲う痛みがマサオから冷静成分の全てを奪ったようだ。

 

 おそらく今日、初めての〈ジェニュエン〉参加なのだろうと憐れみを覚えたのも寸刻。

 神薙は顔に迫る槍を下から弾くと、V字を描くように振り下ろしからの斬り上げ、そしてウェポンスキル〈桜華一閃〉で、マサオにゲームオーバーをプレゼントした。


 喧騒が去りデュエルの熱気が冷めていく。

 神薙が相手にしなかった二人のプレイヤーもすでにデッドマンとなっていて、電気信号により体の自由を奪われた四人は、やがて死体袋ボディバッグのオブジェクトへと姿を変えた。


 後ほど掃除人クリーナーに回収されるまでそのままだが、疑似痛覚もなくなるのでそれほど苦痛でもないだろう。


「い、いてぇ、いてぇよぉ、……うう」


 下から呻き声がする。

 ダークエルフの剣士フトシだった。

 

 瀕死だからあとでいいと放っておいたのを失念していた神薙は、さてこいつの処置をどうしたものかと腰に手を遣る。

 するとアイヴィーが、その正座の姿勢のフトシの前に立った。


「一瞬で終わっちゃって残念ね、新米さん。それであなたはどうする? アンダードッグするか、デッドマンになるか。早く選びなさい」


 アイヴィーが見下ろしながら二択を迫る。

 今気づいたのだが、フトシのその顔、及び体系はやけに横に広がっていて、細身でシュっとしたエルフのイメージを明らかに毀損きそんしている。


〈ワールド〉のアバターなら問題ない。

 しかし生身の体にCGを拡張するだけ〈ジェニュエン〉の場合、プレイヤー自身の体格が直に反映されてしまうため、たまに残念な見た目のプレイヤーが出没するのだが、眼下のフトシが正にそれだった。


 その太っちょエルフが痛みをこらえながら、くぐもった声を出す。


「も、もう痛いの嫌だからアンダードッグにしようかな。両方のデータなくなるみたいだけど、別にもうプレイする気もないし。で、でも〈ジェニュエン〉って凄いよね。お、俺、トモカズに……あ、友達に誘われて初めて参加したんだけど、この拡張装備の本物感とかチョー凄い。そ、そう言えば、キミのそのスカートみたいな鎧、なんかオシャレでかっこ可愛い感じだよね。……ずっと気になって始まる前から見てたんだけど、それ中はどうなってんの。え? パンツ――」


 アイヴィーに禍々しいオーラがまとったような気がした。

 刹那、饒舌なフトシの胸に風穴が空く。

 話の途中で唐突に細剣で刺突されたぽっちゃりエルフは、「な、な、なんじゃこりゃあああぁっ!?」と驚愕の表情を浮かべると、穴の開いた左胸を見ながら後方に倒れたのだった。


「どうやらデッドマンが良かったみたいね。さ、副団長のところへ戻りましょう」


 怒りを表す炎のエフェクト(そんなものはないが確かに見えた)はどこへやら、満面のエルフスマイルを振りまくアイヴィーはそう述べたのち、ナイトホローのところへ走り出す。

 

 自然と視線を交わす神薙とキャラット。

 そこには、『正式にアンダードッグを要求されたわけでもないし、それにセクハラはいけないよね』という無言のテレパシーがあって次に同時に頷くと、叫び声を上げるフトシの元から足早に去ったのだった。

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