ACT31 首都高速3号渋谷線高架下 ―一撃必殺―


 デュエルスーツの上に赤いボンテージスーツ。

 まるで、おっさん泥棒トリオが活躍するアニメの、お騒がせヒロインが着用しているようなスーツだ。

 

 腕を組んで柱に寄りかかっているナイトホローのそれはライダースーツなのだろうが、如何せんエロい。

 メロンのような胸が開いたスーツの胸元から零れ落ちそうだが、ジッパーを上げて仕舞えばいいのにと思う。


 いや、もしかしたらお騒がせヒロインを崇拝しているのかもしれない。

 ロングカールのブロンドの髪。

 そして厚く潤った唇の乗る、目鼻立ちの整った顔は、なんとなくお騒がせヒロインに似ているようにも見える。


〈エラゴンアーク・オンライン〉ではヒュルフを選んでいるが、そういえば〈ワールド〉のあのアバターもお騒がせヒロインを彷彿とさせていた。

 やはり崇拝しているのだろう――という結論で落ち着いた時、


「そうだな、エクサの言った通り、今回に於いてはこれが最適なチーム分けだ。そもそもどんなチーム分けになってもそれほど大差はないだろう。ところで、キャラット」


 幸いにも神薙を責め詰ったりはしなかったナイトホローが、キャラットに見向く。

「んにゃ?」と小首を傾げる猫娘。


「お前は先ほど〈ジェニュエン〉での戦いに男女の違いは関係ないと言ったが、それは違うぞ。男女には明確過ぎる違いがある」


 副団長らしく、現実を述べようとするナイトホロー。

〈ワールド〉のアバターとは違い〈ジェニュエン〉の場合は、生身の人間に仮想装備を拡張する。

 つまり〈ワールド〉では仮想武器による攻撃しか効かなかったものが、〈ジェニュエン〉になると仮想武器のほかに『肉体』という武器が攻撃力を持つのだ。


 

 『肉体』による攻撃はHPゲージこそ減らないが、同時にHPゲージのように徐々に回復したりもしない。場合によっては、いつまでも抱え込むリスクとなる。

 ことに腕力に於いて圧倒的に劣勢である女性は、やはり不利――。

 


「その違いは、男のプレイヤーを潰すある意味一撃必殺であり、ゆえに〈ジェニュエン〉に於いて男は不利なのだ」


 どうやら違うらしい。


「え? なんなんスか? 男のプレイヤーを潰すある意味一撃必殺ってのは。そんなものありましたっけ? まあ、あったとしても俺には効かねえッスけどね」


 相変わらず筋肉隆々のクライブが、ボディビルのポージングらしきものを見せる。

 そして今のが、ナイトホローにとって挑発と映ったことを筋肉バカはまだ知らない。


「よし、じゃあお前で試してみよ――っらあああっ!」


 ナイトホローがクライブに向かって足を振り上げる。

 それは虎男の股間に激突し、彼は「はううううううううっ!!」と目ん玉を飛び出させたあと、地面で転げまわって悶絶した。


 ――五分後。


 生まれたての小鹿のように足元の覚束おぼつかないクライブが、神薙の肩に手を回す。

 そして、汗だくで土気色したクライブはこう述べるのだった。


「ど、どうかしてるよ……どうかしてるよ……あの人。本気で蹴ってきたよ……これから〈ジェニュエン〉始まるのに、どうかしてるよ」


 は、はは。


 神薙は失笑するほかなかった。


 ちなみに生身による攻撃は、エレクトロニックスポーツの主旨から逸脱していることもあり、〈勝利ウイニングポイント〉減少という手痛いペナルティの対象となる。

 ゆえにナイトホローのような暴挙に出るプレイヤーはほとんどいないだろう。


 ――〈ダスト〉などの例外を除いて。

 

 その後、クライブの完全回復(したかは怪しいが)を待ち、全員が服を脱いでデュエルスーツのみになったあと直前会議が始まった。

 アイオロスから下駄を預けられたナイトホローは、さすがに真剣な顔つきとなって五人の団員と向き合う。


 直前会議の内容は多人数への対処の仕方やハイドポイントの活用方法、そしてサポートスキルの有効的な利用方法など、それはいつも通りだ。

 しかし毎回言われることによって気が引き締まるのは確かであり、神薙はそれらを肝に銘じた。


「――以上だ」と、ナイトホローが直前会議を終える。

 同時に放送用ドローンが新たメッセージを流し始めた。


『〈エラゴンアーク・オンライン/ジェニュエン〉開始まで十分前です。プレイヤーはログインを開始してください。〈エラゴンアーク・オンライン/ジェニュエン〉開始まで十分前です。プレイヤーはログインを開始してください。〈エラゴンアーク・オンライン/ジェニュ――……』


 神薙が抑揚のないその音声に耳を傾けていると、横に立つアイヴィーが口を開く。


「結局、奴からインスタントメッセージIMは来なかったらしいわ」


「奴? ああ、俺にぶった切られたヴェ、ヴェ、ヴェ、ヴェロヴェロだっけか?」


「ヴェノム。……副団長が言うには、あのナイフけっこう成長させてたみたいだけど、それよりも情報が大事だったみたいね。何と引き換えでも天機を漏らすつもりはないってところかしら」


「……そうか」


 横流しされたモノケロス。

 それを受け取ったのがヴェノムだったはずだが、結局奴は何に使うつもりだったのだろうか。


 

 ――てめぇは〈ジェニュエン〉で殺すッ。必ず俺が〈ジェニュエン〉で殺すッ!!――


 

 あのとき、牙を剥きだしにして殺意を露わに出していたヴェノム。

 奴の言う〈ジェニュエン〉は、おそらく今から始まる、激戦と死闘の十時間のことを指しているはずだ。


 ヴェノムが本当にダストであれば、もしかしたら討伐対象の積極的殺人者集団の中にいるかもしれない。

 例えいなくとも、ヴェノムのあのふざけたピエロのような恰好ならば、僅かに視界を掠めただけですぐに奴だと分かるだろう。

 

ほとんどのプレイヤーにとって、〈ワールド〉で着用している装備がお気に入りで最強の正装であることは踏まえれば、ヴェノムがあの恰好のまま〈ジェニュエン〉に参加している公算は非常に高い。

 

 ――会ったそのときに聞けばいい。


 神薙はそこで勘案を中断すると〈ジェニュエン〉へのログインを開始する。

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