ACT30 首都高速3号渋谷線高架下 ―四面楚歌―


 渋谷区渋谷。

 流行を発信する若者の街と言われていた過去もあったらしいが、少なくともここ十年は単なる若者の街というイメージしかない。

 時代の革命児とも言えるxR(VR・AR・МRの総称)の隆盛はどうやら、若者から流行を創り出す力を奪うほどに魅了してしまったらしい。


 とはいえ、二十四時間絶え間なく雑多な喧騒に覆われる渋谷は、東京の中で最も元気のある街だ。

 だからこそなのだろう、〈ジェニュエン〉開始一時間半前とはいえ、時刻十時半の段階ですでに閑散としているこの光景は異様なほどに不気味だ。

 

 しかしそれは渋谷区に限った話であり、列島全体は月に一度の〈ジェニュエン〉開始を間近にして熱気と期待に包まれているに違いない。


 神薙も何度か録画放送を見たことがあるが、スタジアムを貸し切ってのパブリックビューイングは圧巻の一言だった。

 巨大なARスクリーンに映し出される、異世界エラゴンアークへと変貌を告げた東京の一区。

 そこで繰り広げられるPvPのデュエルは、一昔前のeスポーツとは比較にならない熱狂を生み出していた。


 ――止めろ。くだらない。


 神薙はそこで、たたっ斬るように思考を止める。

 楽しければそれでいい、経済さえ好調であればいいという観戦者共に同調などできはしない。

 

 eスポーツと銘打った競技で人が死んでいいわけがない。


 

 □■□



『〈エラゴンアーク・オンライン/ジェニュエン〉開始一時間前です。プレイヤーはデュエルスーツ、及びモノケロスの着用をお願い致します。――警告。プレイヤーでない者はただちに屋内に入って下さい。屋外にいた場合、複合現実妨害罪により罰せられます。――〈エラゴンアーク・オンライン/ジェニュエン〉開始一時間前です。プレイヤーは――……』


 上空の放送用ドローンが警告文を流しながら飛行している。

 高圧的な女性の声を耳にしながら神薙はビニール袋に入れていた、MR機器モノケロスを取り出す。


 フルフェイス型のVR機器ユニコーンとは違う、ゴーグル型のモノケロス。

 確か重さは十五グラムだったかと思い出す神薙は、ビニール袋をポケットに押し込むとゴーグルのベルトを頭の後ろに回して装着する。

 

 右耳だけをイヤーパッドが覆っているが、これがモノケロスのメインデバイスだ。


 仮想武器による攻撃を受けた場合、頭部以外を覆っている紺色のデュエルスーツがその電気信号を受信し、イヤーパッドへと送信する。

 そしてその耳から脳内回路→大脳皮質の頭頂葉→体性感覚野(痛覚を管理)へ電気信号は送られ、最終的に疑似痛覚となって身体にフィードバックされるのだ。


 この間、0,05秒であり、つまり仮想武器による攻撃を食らった瞬間に、体は相応の痛みに襲われることとなる。

 ちなみに頭部は、イヤーパッドを通さずに直に脳に信号が送られることもあり、痛みの程度の大きいクリティカルポイントとなっていた。


 神薙はシャツの中に見える、ラバー素材のデュエルスーツに視線を落とす。

 家から着てきたものだが、その密着性にも関わらず快適だ。

 夏でも涼しい素材で出来ているらしいが、確かに真夏でも不快感が全くなかった記憶がある。


 用を足す時が不便だが、幸い神薙が〈ジェニュエン〉をプレイ中に催したことはない。

 してる光景をドローンで撮影されたあげく、プレイヤーに攻撃でもされたら目も当てられないな、とゾッとしたところで集合場所が見えてきた。


 渋谷駅南口の横を走る、首都高速3号渋谷線高架下。

 南平台と書かれた交差点標識を五十メートルほど進んだ先。

 道路の横にある首都高を支える柱と柱に挟まれた薄暗い駐車場。

 車は一台もない。

 自転車と同様にイレギュラーオブジェクトとされ、屋内、及び別の区に移動させられているのだから当然だ。

 

 そこには数人の団員がすでに待機していた。

 アイヴィーが神薙を見つけて手を振っている。

 同じように手を振って返そうとしたとき、刺すような視線を感じて視線を左へとずらした。


 高架から出た向こう、中華レストランの脇にたむろしている男性五人組。

 モノケロスの装着を見るまでもなく、プレイヤーであることが分かる。

 彼らはすでに服を脱いで黒いデュエルスーツ姿となっていた。

 

 そのプレイヤー達の一人が神薙を見ていたようだが、あとの四人はアイヴィー達のほうを凝視している。

 年齢的に二十歳を超えているように見えるそのプレイヤー達は結局、神薙が目的地に着いても視線を外そうとはしなかった。


「エクサ、三分遅刻よ。あなた五分前行動って言葉知らないのかしら」


 集合場所に到着すると、アイヴィーが腰に手を当て細めた目をこちらに向けてくる。

 アイヴィーのほかは、先日共に渋谷探索したクライブとキャラットはもちろんのこと、デュエル狂いのナイトホロー、そしてもう一人、女性の団員がいた。


「ごめん。なるべくほかのプレイヤーを避けるように来たら、思いのほか時間が掛かった。……ところで見られてるな」


「ええ、そうね。ずっとこちらに熱視線を送ってるわ。ま、綺麗どころが四人もいるからそれもしょうがないわね。始まってもいないのに襲い掛かってきそう。ガルルゥ」


 狼のマネをして笑うアイヴィーはさて置き。


「なんか俺達のパーティー、女性の比率が高くないか? これだと団長のほうは男五人に女一人ってことだろ? これでいいのか?」


 パーティー登録は最大六人ということもあり、アイオロス率いるアルファパーティーと、ナイトホロー率いるブラヴォーパーティーに別れているのだが、どう考えても男女の比率がおかしいような気がする。

 

「女性軽視だにゃっ、エクサのそれ、女性差別だにゃっ、女性が四人いて何が悪いんだにゃっ、〈ジェニュエン〉での戦いに男女の違いなんて関係ないにゃんっ!」


 その疑問に答えたのはアイヴィーではなく、口角泡を飛ばして神薙を睨み付けるキャラットだった。

 今にも顔をツメで引っ掻いてきそうな勢いである。


「そうだぞー、エクサ。今のは女性に対するへいとすぴ~ちだ。へいとすぴ~ち」


 そして、ヘイトスピーチを欠片も理解していなそうなクライブの援護射撃。

 このままでは残りの女性三人にまで攻められて、四面楚歌に追いやられる公算が非常に高い。

 事実、面白がって睨み付けているアイヴィーはともかく、もう一人の女性団員の冷たい視線が刺すように痛い。


『いやいや、男女の違いってけっこう関係あるんだけどなー』などという、望んでもいない角突き合いを始めようとするもう一人の自分を抑え込むと、神薙は言った。

 

「わ、悪い、俺が悪かった。団長であるアイオロスが振り分けた以上、これが最適なチーム分けなんだろうな。そうなんですよねっ、副団長」

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