エラゴンアーク・オンライン/ジェニュエン編
ACT28 リリース・デイ
※
「香港の夜景が100万ドルなら、これは32万ドルくらいか」
男は、東京某所の高層ホテル最上階からの夜景に適当に値段を付けると、ワインを
口角から滴る液体が真っ白なガウンに紫色の染みを作るが、男は一向に気にする気配を見せない。
やがて全てを飲み終えると、傍にあるソファへと体を沈めた。
そのとき、男の右手の〈bリング〉が着信の音を奏でる。
すると男の顔が不機嫌を表すように険しくなり、男は持っていたワイングラスを乱暴に机に置いた。
簡易通話で顔が見えないこともあってか、男は鼻をほじり、鼻毛を抜きながら、しかし最低限の敬語を駆使して相手の〈お客様〉と会話を続ける。
そして二分弱のやり取りを終えると、通話の終えた〈bリング〉に向かって毒づいた。
「ったく、金満家って奴はどいつもこいつも心配症なのか。
とはいえ、男は〈お客様〉から頂いた前金で高級ホテルに宿泊することが出来ている。
〈お客様〉の底すらない欲望を満たす為に男は、大きな仕事を請け負っていたのだ。
男の座るソファ、その後ろには大きめの段ボールが五箱置いてある。
そのダンボールに入っている物が、肥大に膨れ上がった〈お客様〉の欲望を発散させるための道具だった。
□■■
待ち合わせ場所である新宿駅西口の大型バス駐車場は、思いのほか混んでいた。
昨日、一昨日が土日で休みだったこともあり、旅行に行く大半の人はその両日から出掛けると思っていたのだが、そうでもなかったらしい。
陽菜達と同じバスツアーに参加する人達も四十数人集まっていて、その全てが見たところ二十代前半までの若い女性だ。
女性限定なのは分かっていたけれど、この年齢層は少し意外だった。
こういうバスツアーは、四十代以上の年長の方が多いイメージがあったからだ。
もしかして若いのは陽菜達だけで「あら、あなたたち若いわねぇ」などと持て
「晴れてよかったな」
夏希が肩に手を回してくる。
後輩の女子にモテる彼女の、ちょっと男らしいスキンシップの仕方だ。
とはいえ、陽菜が夏希に対して禁断の感情を抱いたことはない。
「うん。てるてる坊主を十六個作った甲斐があったよー」
「えー、作り過ぎじゃない、陽菜。でもなんで十六個なのぉ」
野々花が覗き込むように聞いていくる。
育ちのいいお嬢様然とした彼女から漂ってくる清楚な匂い。
なんだか抱きしめたくなったけれど、それこそいけない世界に飛び込みそうなので止めておいた。
「え、十六歳だからに決まってんじゃん」
「「誕生日のロウソクかよー」」
二人が吹き出したところで、陽菜達の乗るバスがやってきた。
陽菜はそこで〈bリング〉に親指を当てて、ホーム画面を表示させる。
そして【ARメッセージ】【錬ちゃん】の順に項目をタップすると〈bリング〉に向かって話しかけた。
「八時だよ、早く起きなさーい。では、静岡へと行ってきます」
「「ラブラブかよー」」
■■□
『八時だよ、早く起きなさーい。では、静岡へと行ってきます』
受信メッセージをタップした瞬間、陽菜の声と共に、彼女の大きな胸が立体映像として現れて、神薙の目は一気に冷めた。
一瞬、何かと思ったが、〈bリング〉のカメラが顔に向けられていなかったのだろう。
「ったく、ちゃんと顔映せよな」
心音の乱れを感じながら神薙はベッドから腰を上げると、テレビを付ける。
するとARモードがONになっていたのか、四十インチの壁掛けテレビのフレームから文字通り情報が溢れだす。
騒がしく感じる神薙はすぐさまオフにすると、枠内に収まった薄っぺらいペーパーパラダイムに目を向けた。
右上のテロップだけを見てチャンネルを変えていく神薙。
【本日は〈ジェニュエン〉の開放日。あなたは参加? それとも観戦?】
【今月の脱都の日、ナンバーワンの行楽地はここだっ!】
【eスポーツの極致〈EAO/ジェニュエン〉の魅力とは】
【〈ジェニュエン〉反対派によるヘイトスピーチ。国防隊出動へ】
【〈ジェニュエン〉の後始末人。クリーナーさんとは?】
【渋谷区立ち入り禁止まであと三時間と迫る。プレイヤーよ、遅れるな】
【プレイヤー数2300人を超す見通し。過去最高を記録か】
【〈ジェニュエン〉は対人戦だけじゃない、モンスター戦も熱いぜっ!】
国営を含めた民放放送も全て、今日の〈ジェニュエン〉のリリース・デイについての内容のようだ。
ジャパニーズエンターテインメントの最高峰、そして経済復興の要でもある以上、当然の総出なのだろうが、〈朝陽の國〉の顔色を伺うような足並みの揃い方で、気味の悪さを覚える。
神薙はテレビを消すと、陽菜へ【楽しんで来いよ】とメールを送る。
同じARメッセージにしようかと思ったが、寝起きの酷い顔は見せられないと止めておいた。
と、寸刻後にメールが帰ってくる。
メール打つのが早いなと驚いたのだがしかし、送信者は陽菜ではなくアイオロスからだった。
そこには【11時30分に集合場所】とだけ書かれており、その文面の下にURLが張り付けてある。
開いてみるとナビモード付の3Dマップが表示された。
渋谷区のどこかなのだろうが、広域マップでは仔細には分からない。
拡大すればいいのだが、取り敢えず出発するまではいいだろうと、メールを閉じた。
〈ジェニュエン〉開始まであと3時間48分。
異世界エラゴンアークが刻一刻と迫っている。
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