ACT27 両親


 陽菜の言っていた、脱都の日を利用した静岡旅行。

 屋上で一緒に旅のしおりを見たが、友達二人と一緒に行く、及び陽菜がうなぎの蒲焼きを食べたがっていること以外、記憶が掠れてしまっていた。


「えっとね。新宿駅のバス駐車場に八時だから、余裕をもって六時半には家を出ると思う。え、もしかしてモーニングコールしてくれるの?」


「欲しいならしてやるが、俺が起きるのは八時だぞ」


「じゃ、ダメじゃーん。ブー」と、ふくれっ面を浮かべる陽菜はそして「錬ちゃんは遅い時間に出発するんだね」と口にする。


 一瞬、陽菜のそれを、〈ジェニュエン〉の集合場所に向けて出発するのが遅いと捉えてしまった神薙は、なぜ陽菜が――と鼓動が跳ね上がる。

 しかしすぐに口から出まかせの栃木旅行の件だと気づいて、「まあ、咲が早起き苦手だからな」と、咄嗟にしては妥当と言える返事を返したのだった。


「そっか。お互いお土産買って交換こしようね。それじゃ家に入るね」


「お、おう」


 そうくるか。

 

 アンテナショップを探さなくてはならないようだ。

 あるいはインターネットの〈百天〉で栃木の名産品を買えばいいかなと、二者択一で悩みだした時、家のドアを開けた陽菜が「あ、そうだ」と神薙に見向いた。

 

 何を言うのかと思えば「錬ちゃん、弓の才能ないかも」の一言であり、そこで陽菜はドアの向こうへと消えた。


「……だよな。アイヴィーに返すか」


 独り事を呟く神薙は、ラビットファンタジア内の、弓を使って敵を打ち抜くアトラクションの残念な映像を脳裏に浮かべる。

 アイヴィーに借りた青鷺火あおさぎびの弓で、モンスター狩りでもしてみようかと密かに思っていたのだが、あの腕前では鈍重なモンスターにも矢は掠りもしないだろう。


 一転、神薙の横には、ロビンフットの如く狙った得物は逃さない凄腕アーチャーがいらっしゃったのだが、それを見る限りその手並みは天性の授かり物としか思えなかった。

 幼馴染殿は、さぞかしアーチェリー部では持てはやされているのだろう。


 ふと、陽菜の家の中から生活音が漏れる。

 神薙は暫しその音を味わってから帰路に就いた。



 □■■



「おかえり、錬にぃ」


 家に着くと咲が出迎えてくれた。

 パジャマを着ているのを見ると、今からベッドに入るところだったのだろう。

 頭に装着されたままのジュピターが気になるが、よもや付けたまま寝ることはないはず、だ。


「鍵は持ってるから、寝てても良かったぞ」


「うん。そのつもりだったんだけど、もうすぐ帰って来るかなって思ったら。……あ、無事に送れた? 陽菜さん」


「ああ、問題ない」


「そっか」


「おう。もう寝ろよ。これ取ってな」

 

 神薙は咲のジュピターをポンと軽く叩くと自室へと向かう。

 そしてドアノブを握ったところで、背後に立ちっぱなしの妹を怪訝に思って振り向いた。

 

「どうかしたのか?」


「え? えっとあの……ひ、陽菜さんにはもう言ったのかなって思って。錬にぃが〈ジェニュエン〉に参加していること」


 遠慮がちな態度の咲だが、別に兄妹で俎板まないたに乗せる分には構わない話題だ。

 神薙は妹と向き合うと、意識して声のトーンを落とした。


「いや。言ってない。そしてこれからも言うつもりはない。あいつが〈ジェニュエン〉に参加していることを知ったら、俺という人間が分からなくなるだろうから」


 ――複合現実管理局という組織ができる前、内閣府の職員だった両親は〈ジェニュエン〉の開発に携わっていた。

 しかしその〈ジェニュエン〉が人を殺せる仕様であることを知った両親、特に父親は猛反発した。


 家の中で電話の向こうの誰かに、何度も「それはダメだ」と声を荒げていた父親を神薙は今でも鮮明に覚えている。

 おそらく普段は物静かな父親だったからこそ、その記憶は明瞭な映像として大脳皮質にファイルされているのだろう。


 そんな両親はある日、忽然と姿を消し、再び神薙達の前に現れた時には物言わぬ遺体に成り果てていた。

 

 唐突に失った当たり前の日常。

 受け入れがたい現実から逃れるように入り浸った仮想世界。

 しかしその仮想世界の中で出会った一人の男が、人生の袋小路で佇む神薙に生きるための道しるべを与えた。



 ――お前の両親は複合現実管理局に殺された。俺と共に来い。奴らに復讐するには〈ジェニュエン〉で勝ち続けるしかない――。


 

 そして神薙は焔騎士団の一員となる。

 この事実を陽菜が知れば、やはり神薙錬という人間に理解が及ばなくなるだろう。


「どうしてなの? どうして錬ちゃんから両親を奪った人達が作ったゲームで遊んでるの? あんな人を殺すことが許されるゲームで――ッ」


 そんな陽菜の声が聞こえたような気がして、神薙は苦笑する。


「……錬にぃ?」


 怪訝な表情の咲。

 神薙は軽く咳払いをすると、今しがた思い出した伝えるべきことを口にする。

 

「明日は朝から、ばあちゃんのところに行くからさ。朝飯だけ作っておくわ」


「う、うん。分かった」


「お前もたまには顔出してやれよ。ばあちゃんも会いたがってるから」


 咲は、神薙が言外にほのめかしている部分を理解したのか、下を向いて黙り込む。

 ややあって顔を上げると「おばあちゃんに会うだけなら……。おやすみ」と言い残し、自室へと入った。


「ああ、おやすみ」


 それでいい。

 いつか両親の死と向き合える時が来たら、そのときは一緒に線香を上げよう。



 

 ■エラゴンアーク・オンライン/ジェニュエン編に続く――。

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