ACT24 クライブ先生 


「54……。そうか、お前はまだレベル54かぁ。そうか、そうか。――よしっ」


 軽い驚きの面から一転、誇らかな表情へと変容させたクライブが、総合トレーニングマシンから降りて神薙の元へ意気揚々とやってくる。


「どうかしたのか?」


「人肌脱いでやる。レベル72の俺がお前のためによ」


「は?」


「だからレベル上げのコツってやつをその体に叩きこんでやるって言ってんだよ。身体、及び運動能力の高い奴が〈ワールド〉で好成績を残すのはよくあることだろ。それはなぜか? 脳が最初からその能力を把握して生かし方も知っているからだ。つまり現実ここでコツさえ掴めば、そのまま〈ワールド〉に応用できるんだよ」


 つい最近どこかで聞いたセリフを、ほぼ加工なしで垂れ流すクライブ。

 断ったら断ったで面倒くさいことになりそうな予感のした神薙は、「ああ、そうだな。分かったよ」と首肯する。


 そのとき、地下への階段を下りてくるアイヴィーが視界に入った。


「はーい、皆さん、美味しいナポレオンパイができたからこの辺で休憩にしない?」


 時刻は十五時。

 どうやらおやつの時間がやってきたらしい。

 

 トレーニングウェアにエプロンというヘンテコな組み合わせだが、容貌の優れたアイヴィーだとそれがアリなコーディネイトに見えるから不思議だ。

 ナポレオンパイは確かフランスで言うミルフィーユだったよなぁと、そのクリーミーな味を思い出して唾を飲み込む神薙。


 ――しかし。


「おう、アイヴィー、いいところにきた。スイーツの前にちょっとこいつにレベル上げの指導するからよ、ARゴーグル貸してくれないか? あったよな?」


 一肌脱ぐのを中断するつもりがないのか、クライブはアイヴィーにARゴーグルを要求した。


「そこの壁に掛けてあるわよ。……もう、出来立てが美味しいのに。早く終わりにしてほしいわね。その指導とやら」


 アイヴィーが神薙を見てウインクする。

 それは神薙が知る限り、好意を寄せる意味で使われているはずだが、この場に限って言えば違う意味だろう。

 さっさと片づけちゃってね――だろうか。


「ほらよ、エクサ。『格ゲーしよーぜ!』のアプリ開いたらリンクさせろよ」


 クライブが投げて寄越すARゴーグルを、神薙はキャッチする。


 拡張現実AR

 それは主に屋内での使用を想定した、簡易的な『現実に情報を付加する』ツールだ。

 ちなみに〈ジェニュエン〉の世界は、ARの上位互換と位置付けられている複合現実MRだが、仮想空間と現実空間をあそこまで広大な屋外で複合させた例は、未だ〈ジェニュエン〉を於いて他にはない。


 神薙はゴーグルを掛けると、メニューウインドウを開いて【アプリ】をタッチ。

 三つほどあるバトル系アプリの中から『格ゲーしよーぜ!』を選ぶと、言われた通りクライブのARゴーグルとリンクさせた。


 するとクライブが『格ゲーしよーぜ!』のメニュー画面で【VSモード】、【1P―VS―2P】の順に進み、次に【拡張エディット】をNOにしてから武器選択画面へと移行した。


「刀でいいか?」


「そりゃいいに決まってる。お前の桜蒼丸は刀なんだからよ。俺のブレイズセイバーに似た大剣は……これだな」


 クライブが【グレートソード】を選ぶ。

 その瞬間、クライブの眼前に大きな剣がオブジェクト化されて、彼がその大剣のグリップを握ると、即座に現実と融合した。

 神薙も同様に出現した刀の柄を握る。

 その疑似触覚が生み出す重さにやや違和感を覚えるが、普通に扱える範囲だろう。


「じゃあ、早速始めようぜ。クライブ先生」


「ほほう、殊勝な心がけでよろしい。――よぉし、聞けっ、エクサ。〈ワールド〉でのレベル上げに必要なのは、何よりも効率の良さだ。相手がどんな戦闘スタイルなのかを瞬時に把握して、適切な立ち回りをシミュレートする。これができていないと無駄に時間を浪費することになっちまう。そうだろ? エクサ練習生」


「あ、ああ。まあ、そうだな」


「ほら、昨日お前が倒したオーク野郎がいい例だぜ。お前は奴の外見からあいつは『待ちからのカウンタータイプ』だと判断したのだろうが、実際はどうだ? アグレッシブに攻め込んできたろ? そこで若干焦ったんじゃないのか? ん? んんっ?」


「確かに、いきなりウェポンスキルを仕掛けてくるとは思わなかったな」


「そうだろ、そうだろ。つまりお前はその時点で、効率よく倒すための最適解を実行に移せなくなった。こうなっちまうとあとは後手に回って、その場しのぎの攻撃やらスキルやらで、いたずらに時間を浪費することになっちまうわけなんだなー、これが」


「そうだったか? それは違――」


「要するにだっ!! お前があのとき、あいつのふざけた名前から『こいつはアホそうだからいきなり、ウェポンスキルとか発動しちゃうんじゃね?』との的確な推察ができてさえいれば、あんなデュエルは二分で終わっていたんだよっ!」


「名前で判断って、それは的確な推察っていうか単なる当てずっぽうじゃぁ――」


「問答無用ッ!! いいか、エクサ訓練兵。デュエルってのはぶっちゃけて言えば、先手必勝なんだよおおおっ! どりゃあああああああああッ!!」


 身も蓋もないことを言い放つクライブが、不意を突くかのようにバスターソードを頭上に掲げて突進してくる。

 神薙は振り下ろされる一撃の軌道を冷静に読むと、カウンター狙いで太刀を浴びせた。

 刀はクライブの鍛え抜かれた上半身を斜めに通り抜ける。


「ぐはぁっ!? ま、待て待てやり直しっ! バトルフィールドを巌流島にするのを忘れて――」


「悪い。ナポレオンが待ってる」


 神薙は、ピヨり状態でふらついているクライブに優しく笑いかけると、股間から頭部に掛けて斬り上げる。

 すると聞こえる『PlayerⅡ Win Perfectプレイヤーツー ウィン パーフェクト!!』の声。


 神薙はクライブをさっさと片づけることに成功した。 

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