ACT23 デュエル祭り


「結局、何一つ情報を手に入れることができませんでしたね」


 応援団の一人だったアイヴィーが、ヴェノムの消えた場所を見詰めながらそう口にする。


「そうでもないさ。これがある」


 すると、スナッチしたヴェノムのナイフを見せるナイトホロー。


「ナイフが、ですか?」


「ああ。プレイヤーにとって武器はパートナー。それは奴にとっても同じ。だからこそ鎖を切られたとき、エクサにあれほどの怒気をぶちまけた。なればインスタントメッセージIMで、ナイフを返してくれれば情報を渡すって交換条件を提示してきても不思議じゃない」


「でも提示してこなかったら……」


「武器よりも情報に重きを置くならば、結局何をしたって奴は話さなかったさ。アタシ達はやることはやった。……さぁてと、この後はあれだな」


 ――『あれ』。

 

 背筋に悪寒が走る。

 それは、ナイトホローがメニューウインドウを出して隙を作った時以上の、とてつもない嫌な予感ゆえに。

 アイヴィーやキャラットもほぼ同時に神薙と同じ結論に行き着いたのか、神薙同様にナイトホローの視界からさっと外れる。


 クライブも遅れて気づいたが、すでに時遅し。


「おっし、じゃあクライブ。これからデュエル祭りといこうじゃないか。なっ」


「ふぁっ!? い、いやっ、きき、今日はリアルのほうでちょっと用事が……ッ」


 汗のエフェクトでもあれば今頃、顔中に汗の玉が浮いているであろう虎フェイスのクライブが、手を前に出して後ずさりする。


「ちょっとならデュエル祭りのあとでいいだろ。なぁにすぐ終わる。七時間くらいで」


「めっちゃ長いっスけどっ!?」


「エクサに良いところを持っていかれて消化不良だからな。我慢しろ」


「そ、そうだっ、それっ!」クライブが高速で顔を神薙に向ける。「おいエクサっ、お前の所為なんだから、お前が副団長のデュエル祭りに付き合う義務があるッ。そうだよなっ!?」


 口角泡を飛ばして神薙に食いつかんばかりのクライブ。

 どう答えればいいものかと逡巡していると、キャラットが助け船を寄越してくれた。


「クライブだって消化不良だにゃん? だって、俺がー、俺がーってあいつとデュエルしたがってたにゃん」


「や、そ、そそそれはその時はそうだけど――っ」


 まさかの相方に袋の鼠にされたクライブの肩に、ナイトホローの右手がポンと乗る。


「ほら、行くぞ。たった八時間付き合うだけだ」


「い、一時間増えてますけどぉっ!? ちょっ、いやだああああっ!!」


 駄々をこねる虎が鞭を持つ調教師に引きずられる絵を数分間眺めたのち、神薙達三人は無事、現実リアルへと戻ったのだった。



 ■□■



「――で、昨日はあのあと、俺は本当に八時間も拘束されたわけよ」


 アイヴィーの新居。

 それは、一言で言えば『東京国立近代美術館工芸館』を彷彿とさせるような、レンガ造二階建てのお屋敷だった。

 

 そのお屋敷の地下にある七十平方メートルはありそうなトレーニングルーム。

 の、総合トレーニングマシンで大胸筋を鍛えるトレーニングチェストプレスを繰り返すクライブが、一服中の雑談のように発したのがそれだった。


「それだけデュエルすれば経験値EXPもけっこう稼げたんじゃないのにゃ?」


 こちらはランニングマシンをかれこれ二十分、20Km/hで走り続けているキャラット。

 トレードマークでもある猫耳カチューシャは今日も健在で、キュートなイメージのトレーニングウェアにそれなりに――いや、かなりマッチしていた。


「まあな。でも実は俺、三時間経ったくらいから戦ってねーんだわ」


「どういう意味だにゃ?」


「いやさ、フィールド歩いている途中にドロテバって名前の洞窟を見つけてさ。そこをあるプレイヤー集団が購入して根城にしてたんだわ。俺達のグランルクス城と一緒だな。で、丁度タイミングよく優先権が切れていたんだけどよ、副団長どうしたと思う?」


「んにゃっ? ま、まさか拠点乗っ取り――〈テイクオーバーTOデュエル〉を仕掛けたにゃっ!?」


「そうなんだよっ! あの人、相手四十人近くいるのに〈TOデュエル〉仕掛けてんだよっ! ホント、頭イカれ――いやいや、勇気のあるお方でなっ。で、相手もたった二人に断る理由なんてなくてよ、デュエル形式はトーナメントってことで始まったんだわ。……まあ、これ以上は言う必要ないわな」


「にゃはは……。化け物だにゃ、あの人」


 トレーニングバイクに乗りながら聞き耳を立てていた神薙も理解できた。

 つまりナイトホローは、たった一人でトーナメントを勝ち続け、四十人近くのプレイヤーを全て倒したのだろう。

 だからクライブは戦っていない。観戦者に徹していた、と。


 おそらく相手はそのほとんどがナイトホローより格下だったのだろうが、それでも相当な離れ業を演じなければできる芸当ではない。


 ――キャラットの言った通り化け物だな。


 乾いた笑みを浮かべたところで、ナイトホローのレベルはいくつなのだろうかという話が耳に入ってくる。


〈ワールド〉では、レベルは本人にしか分からない仕様になっている。

 それは、強さを示す絶対的な数字でないにも関わらず、可視化できる状態だとデュエルするかしないかの判断基準になってしまうからだ。

 

 プレイヤー対プレイヤーPVPを旨とし、積極的なデュエルを推進している〈EAO〉ではそれを良しとしていない。

 乱暴に言えば、『レベルなど気にせず、がむしゃらに戦え』ということなのだ。


「優に100は超えてんだろうな。ちなみに俺は72だ。お前は?」


「68だにゃ。ちなみにアイヴィーは66って言ってたにゃ」


「まあ、団長はともかくほかの連中もそんなもんだろ。――おい、エクサっ。お前レベルいくつだっけ?」


 急に話を振ってくるクライブ。

 仲間に嘘をつく必要もない神薙は、正直に答えることにした。


「54」 

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