ACT22 ロローの町にて ―VSヴェノム―


 すぐさま、神薙はもう一つのデュエルのほうへ視線を投げる。

 倒したヴェノムの背中に座って足を組んでいるナイトホローが、「いつまでやってんだい。待ちくたびれたよ」――などと云ってくる映像を頭にかすめさせながら。


 それは、負けるLOSE=消えるの〈ワールド〉ではあり得ないのだが、〈ジェニュエン〉では幾度となく目にした光景だ。

 つまり、ナイトホローは仕事が早い。

 

 ――しかし今日に限っては違ったようだ。

 

 右手にメインウェポンの鉄棘の無数に付いたムチ、〈鋳薔薇いばらのベラ〉、そして左手に特殊な形状をしたブンディ・ダガー、〈ベラの従者〉を持つナイトホローの前には、神薙の予想通り、片手に一本づつのシースナイフを持つヴェノムが未だ立っていた。


 残存HPゲージ的にヴェノムはかなりの劣勢だが、それでもナイトホローを相手に生存しているという事実に、神薙は少なからず驚いた。

 

「はぁ、ショックだわー。俺、けっこうリアルを犠牲にして〈ワールド〉に入り浸っているのよ。現実じゃ冴えない糞ニートが仮想現実で称賛を得ようとするなんて、よくある話じゃん? いや俺は糞ニートじゃないけどさ、承認欲求は強いほうだからデュエルには相当、力入れていたんだわ。……それがこれだよ」


 ヴェノムが螺旋ねじが緩んだような砕けた調子で述べる。

『これ』というのは劣勢という意味だろう。

 ナイトホローと対戦する相手は大概、劣勢となるぞ――との慰めの言葉は当然掛けない。


「そりゃ、残念だったね。上には上がいるもんだよ。どこまでいってもね」


「そうなんだけどねぇ。……ほら、〈ジェニュエン〉で有名なあんたらって現実でも強いわけじゃない? つまり現実でのトレーニングに時間を費やしているわけで、そこまで〈ワールド〉にログインする時間なんてないと思う訳よ。それなのに〈ワールド〉でも強いってちょっと納得できないわぁ」


「身体、及び運動能力の高い奴が〈ワールド〉で好成績を残すのはよくあることだ。脳が最初からその能力を把握して生かし方も知っているんだからな。そのアドヴァンテージは意外と大きいものだ」

 

 ナイトホローが言ったことは事実だ。

〈ワールド〉と〈ジェニュエン〉は、単に同じエラゴンアークという異世界を共有しているだけではない。


〈ワールド〉で成長させた武器や防具やスキル、そしてHP・スキルゲージが〈ジェニュエン〉に反映されるように、〈ジェニュエン〉で発揮できる身体、及び運動能力もまた〈ワールド〉で有効に活用できるのだ。


 ちなみにヴェノムの認識は間違っている。

 ナイトホローに限って言えば、トレーニングと寝食以外のほとんどは、〈ワールド〉にログインしているデュアル中毒者なのだから。


「ところでどうするんだい? これ以上やってもお前に勝ち目はないと思うが」


 ナイトホローのそれは、購入したモノケロスについてのことを洗いざらい話せば、LODを解除してやってもいいということだろう。

 それを聞いたヴェノムは言外の意味を汲み取ったのか、アメリカ人並みのオーバージェスチャーで肩を竦めると、小馬鹿にしたようなマスクの口元を動かした。


「……OK分かった。あんたが知りたいことを話すよ。俺も死にたくないからな。二十四時間のログアウト不可はともかく、キーカの没収はきつい。ミランダに会えなくなっちまう。あの店の酒、ぼったくり並みに高いんだわ」


「ふん、素直じゃないか。じゃあ、まずはそこに座れ」


 と顎をしゃくって指示を出すナイトホローは、左手に持っていた〈ベラの従者〉を腰の鞘に戻すと、次に中指で空中に長方形を描きだす。

 メニューウインドウを表示してLODの解除パネルを押すつもりなのだろうが、それはあまりにも無防備と言わざるを得なかった。


 ふっと沸く嫌な予感が現実のものとなる。


「はいはい。ボクちゃんは従順に従わせてもら――っうわきゃねーだろがっ、この糞ビッ×◆∀$□がよっ!!」 


 セクハラコードに引っ掛かりそうな言動ののち、刃渡りニ十センチほどのシースナイフを構えたヴェノムがナイトホローに走り詰める。

 

「ハハッ、予想通りだね、あんたっ」


 しかし、そうくると分かっていたのかナイトホローは、しなやかなサイドステップで難なく左へと避けると、スキル発動体勢に入ったのか〈鋳薔薇のベラ〉を黄色に放光させた。


「ミーガン・グリフィス」


 ナイトホローがスキル名を呟いたのち〈鋳薔薇のベラ〉を振ると、それは意志を持った蛇のように、そして一点に向かってテールが絡みつく。

 

「うおっ!?」


 絡みついた先はヴェノムが左手に握っているナイフであり、それはまるでカメレオンの舌に捕獲されたかのようにフーデットコートの男の手から離れる。


 武器強奪スナッチ

 それはプレイヤー達に最も恐れられている技の一つだ。


 スキル同様にフリークリエイトの対象である武器は基本、〈ワールド〉において成長させるパートナーであって、買い替えていく消耗品ではない。

 そのパートナーを強奪となれば、多大な精神的なダメージを負うことになり、同時に耐え難い屈辱を強いられることになる。


 要するに、このデュエルはナイトホローの勝利。

 なのに神薙がそのデュエルに介入しようとしたのは、からだ。

 強奪されたシースナイフのハンドル後部から鎖が伸びていて、それがヴェノムの手首に繋がっているのを。

 

 ――スナッチ対策。

 フーデットコートの袖が手首までを隠していたから気づかなかったが、鎖はずっとその腕にでも巻き付いていたのだろう。

 

「予想通りねぇっ、じゃあこっちもそうだったのかなぁッ!?」


 左手のシースナイフと同時に、ナイトホローのいる場所へ引き寄せられるヴェノム。

 我らが副団長と言えば、不安定な体勢からウェポンスキルを発動&〈ベラの従者〉を鞘に戻してしまったこともあり、ヴェノムの右手で構えた得物の前に無防備も同然だ。


 しかし。


 飛び込んだ神薙の〈桜蒼丸〉が、ヴェノムの腕とシースナイフを繋ぐ鎖を切断する。

「てめぇッ!」と咆哮を上げる奇怪なマスク男。


「これはトーナメントじゃないぜ」


 神薙は体勢を低くすると、構えた〈桜蒼丸〉を左へと払う。

 顔から突っ込んでくるヴェノムの左の肩口から股までの間に、一本のダメージエフェクトが走り、軌道のずれた敗者はナイトホローの脇スレスレを無様に通り過ぎていく。


「俺のナイフがッ! くそっ、くそッ! ――てめぇは〈ジェニュエン〉で殺すッ。必ず俺が〈ジェニュエン〉で殺すッ!!」


 首を傾げるように神薙に顔を向けるヴェノムが牙を鳴らして、聞くに堪えない気炎を上げる。

 マスクがなければ憤怒の形相が張り付いていることだろう。


 無言で応える神薙。

 やがてヴェノムは中指を立てながら〈ワールド〉から消滅した。

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