ACT21 ロローの町にて ―VSブサえもん三世―


 走り出す神薙は、今度こそ攻めに転じる。

 ほぼ同時に、ブサえもん三世が鉄槌を振り下ろした勢いのままに体を左へと回転させる。

 左手に持っている大盾によるシールドアタックのモーション。


 しかしそれは、ブサえもん三世のような重量級プレイヤーによくある連続攻撃だ。

 惰性利用で使い勝手がいい分、模倣する者が多いそれは、ゆえにデュエルに慣れたプレイヤーには然したる脅威でもない技の一つ。


 神薙は迫る大盾を跳躍して避ける。

 次に体をねじり、両手で握る桜蒼丸をブサえもん三世の背中へと打ち付けた。

「ぐあぁ」と巨体のオークがうめき声を上げる。


 地面に着地し、再度距離を取ってオークのHPゲージを確認すると、半分あった三本目がなくなり、ジャスト二本となっていた。

 

 見た目からして防御力重視といった感じのブサえもん三世に対して、その減量幅は予想していたよりも多い。

 が、それはバックアタック補正でダメージ量が十五パーセント増えたからだろう。


 背後を見向き神薙を睨むオーク。

「ぐぬぬぅ」と唸っているが、これがコピーではなくフレンドそのものなら、もう少し気の利いた悪態でもついているのかもしれない。

 しかし例のセンスの欠片が微塵もないスキル名を思い出し、それはないないと神薙は脳内で手を振った。


 避けられたうえに背中を斬られたからなのか、怒気で塗りたくられた気勢を上げて走り寄ってくるブサえもん三世。

 

 そこから繰り出すは、洗練には程遠い大味な攻撃のフルコース。

 無論、冷静な神薙がそれらを食らう道理はない。

 ある程度避け続けて、荒ぶる亜人の動きが鈍ったところで攻勢に転じる。


 攻守、所を変える神薙とブサえもん三世。

 しかし変わったのは立場だけであり、スタミナを消耗したオークが神薙の素早い攻撃を避けきれるわけもない。

 結局、神薙のラッシュが終わった時、ブサえもん三世はHPゲージを二本目の五割ほどまで減らしていた。


 大した相手ではない。

 ――と断じるは、まだ早計か。


 先まで怒り狂っていたようなブサえもん三世は、今は不思議なほどに落ち着いている。

 神薙に数か所も斬られたにも関わらず、だ。


 何か奥の手でも隠しているのかもしれない。


 漠然とした、それでいて確信にも似た結論を導き出したとき、ブサえもん三世が鉄槌を頭上に掲げた。まるで自由の女神かのように。


 その位置で、黄色い発光エフェクトを纏う鉄槌。

 最初のウェポンスキルこそ、振りかぶりからの補助攻撃サブアタックという流れではと予測できたが、こればかりはどんな攻め方をしてくるのか分からない。


〈EAO〉の革新的エンジンが生み出したフリークリエイトによって、プレイヤーはオンリーワンのウェポンスキルを作成することができるが、ゆえに皆目見当のつかないウェポンスキルに遭遇することが多々ある。

 正に今がそのときだった。


 思考が僅かに決断力を鈍化させる。

 つまり、その場で桜蒼丸を構えたままでいた神薙は、ブサえもん三世の動きを注視するという選択肢に決めざるを得なかった。


「食らえぃいっ、撃滅スーパーライジングドラゴォンッ!!」


 ブサえもん三世が半端なくダサいスキル名を叫び、鉄槌で地面を思いっきり殴打する。


 ライジング……ドラゴン――


 神薙の脳裏に一瞬横切る映像。

 ひと際大きな鼓動が胸を打ったそのとき、半ば無意識的にバックステップする。

 直後、神薙が立っていた地面から竜を模したような赤く巨大なエフェクトが、濛々もうもうたる土煙を巻き散らしながら頭上へと飛翔していった。


 ウェポンスキルは、自分で決めて登録したスキル名を口にしなければ発動しない。

 それは純然たるルール。

 

 ゆえにプレイヤーの多くは、


『どんな攻撃なのか連想できないスキル名にする』

『或いは連想を防ぐために大声での発動は避ける』


 という対処をするものなのだが、中にはそこまで大脳作用が働かない者も少なからずいる。

 それがブサえもん三世だった。


 やはり俺の相手にしては役不足か――。

 

 ほんの一握りの慢心。

 それが危険予知のシグナルに気づくのを一瞬遅らせた。


 茶色く濁った煙が、突と黒い影に染まる。

 避けられないと判断した神薙は、咄嗟に腕を十字にさせ防御の姿勢を取る。

 刹那、大盾を前にして突撃してきていたブサえもん三世の猛アタックが、神薙を吹き飛ばした。


「ぐっ」


 多大な衝撃に、内蔵が踊るような感覚に陥る。

 素早さ重視で防御力を軽視したライトアーマーでは、とてもじゃないが軽減しきれないダメージ。

 なんとか足から着地した神薙が、右上に小さく表示された自身のHPを確認すると、二本目のゲージ三割まで減少していた。


 前言撤回。まあまあやるじゃないか、あんた。


 ブサえもん三世が「ぐっへっへ」と下品な笑みを神薙に寄越す。

 まるでしてやったりといった感じだが、その代償の重さを不器量なグリーンオークはまだ知らない。


 神薙は膝を付いた状態からゆっくりと立ち上がり、呼吸を整える。

 そして僅かに腰を落として左手を前に、桜蒼丸を持った右手を後ろにすると、両眼に闘気を宿して大地を蹴った。


 神薙は疾風の如き速足はそのままで右へ左へとステップを繰り返す。

 それは残躯流における攪乱戦術の一つであり、ブサえもん三世は狙い通りその行為に惑わされたのか、笑みを捨て去ったそこに苛立ちの面を張り付けて、


「ぐあああああっ」


 と、あらぬところに鉄槌を叩きつけた。

 神薙はその反対側からブサえもん三世の背後に滑り込むように近づくと、黄色の発光エフェクトを見せる桜蒼丸の柄を強く握りしめる。そして、


「桜華乱舞」


 神薙の振った得物が無数の軌跡を描き出し、ブサえもん三世の背中を打ち据える。

 縦に横に斜めにと、幾本となく、赤い裂け目のようなダメージエフェクトが形成されていき、ウェポンスキルが終わった時、それは不揃いな網の目のようになっていた。


「ぐっがああああああぁっ!?」


 背中を掻きむしるような仕草を見せながら、HPゲージ僅かとなったブサえもん三世がこちらに見向く。

 その顔は憤怒と恐怖を内包したようなもので――そしてそれがオーク族の最後の表情となった。


「――桜華一閃――」


 ブサえもん三世の、上半身と下半身を真っ二つにするかのような閃光が走る。

 やがてデュエルの敗者はゆっくりと前に倒れ込んでくると、HPゲージがゼロとなった者の末路である、無数の黒いポリゴンの欠片かけらとなって虚空へと消えた。

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