ACT20 ロローの町にて ―クロスファイト―


「そうかい。だったら早く選びな。タイムアップで無条件でアタシ達全員と戦うことになるよ」


 サクランボを口にしながら二択を迫るナイトホロー。

 ヴェノムの眼前には【アンダードッグ】と【デュエル】の表示が出ているはずであり、それを選択しろと言っているのだ。


【アンダードッグ】は今すぐリアルに戻らなければならないという状況でない限り、普通は選んだりはしない。

 よってほとんどの場合【デュエル】を選択するのだがその際、相手であるプレイヤーの人数に合わせて、グループの仲間フレンド(のコピー)を召喚、且つ同じ人数でデュエルすることができる。


 相手が五人ならばフレンドは最高で四人召喚できて、その場合は五対五。

 呼べるフレンドが一人ならば、二対二というように。

 

 そのあとは【一斉に戦うクロスファイト】か、或いは【勝ち抜きで戦うトーナメント】かをチョイスできるのだが、【デュエル】を選択してフレンドを一人召喚したヴェノムが選んだのは、【クロスファイト】のほうだった。


「ったく、めんどくせえなぁ。……まあ、あんたとタイマンでもいいんだが、折角だから一人だけ召喚してみたわ。一番仲いい奴。のコピーだけどな」


 ヴェノムのとなりには先ほど召喚されたフレンド、巨体のオークが立っている。

 身の丈、恰幅、共に神薙の一・五倍はありそうな筋骨隆々な翠色すいしょくの亜人。

 全身を覆う仰々しいプレートアーマーを着用し、右手に鉄槌、左手に大盾を持ったその戦闘スタイルは、パワーファイターのお手本といった感じだ。


 しかし、普通、豚顔のオークをアバターにするか。


 このアバターにしたプレイヤー本人の神経を疑ったところで、「こっちのあと一人をお前が選べ。拉致したお詫びだ」とナイトホローがヴェノムに選択権を与える。


「ふん。お詫びねぇ。じゃあ……」


「俺だ、俺だっ、俺を選べッ!」とやかましいクライブはさらりと無視され、意外にも女性二人をスルーした視線は神薙で止まる。

 フーデッドコートの道化師は三秒ほどそのまま熟視。

 そして手を打ってそのエクサのアバターを指さした。


「よーし、そこのサラサラ金髪野郎に決めた。お前、絶対リアルでも色男だろ? なんかそんな感じする。俺の友達のこいつすっげー不細工だからさ、イケメンが大っ嫌いなんだよ。だからお前」


 なんだ、その決め方。

 つーか、現実が不細工ならアバターくらいイケメン剣士とかにしろよと内心で突っ込む神薙。


「おい待て、俺だってリアルではまあまあの色男だぜっ!?」と相変わらず騒がしいクライブが、キャロットに、


「そうだにゃ。クライブはまあまあでエクサはすこぶるだにゃ」


そしてアイヴィーに、


「クライブが七十五点なら、エクサは九十八点かしらね」


と言われてがっくしと膝を付いたところで、百二十秒あったシンキングタイムがゼロを示す。


「じゃあ始めるとするよっ。エクサ、そいつは任せる」


「了解」


 神薙は意識の全てを亜人の重戦士へと向ける。

 デュエルが始まった途端、対戦相手の頭上にプレイヤーネームとHP・スキルゲージが現れるのだが、ブサえもん三世(正気か?)という名のオークのHPゲージは二本半あった。

 そして神薙のゲージと言えば二本目の八割程度。

 そこだけ見れば、プレイヤーとしての強さはブサえもん三世のほうが上。


 しかし、デュエルで得た経験値EXPの振り分けによっては、同等の力量に見えて実は大きな実力差が付いているというパターンは往々にしてあることだ。

 

 つまり、『STR』『俊敏性AGI』『器用さDEX』『持久力VIT』『精神力MND』『HPゲージ』『スキルゲージ』という七つのステータスを平均的に上げていって『HPゲージ』が二本というAと、『HPゲージ』だけに全振りして二本というBとでは、圧倒的な優劣の差が明らかであるように。


 無論、装備している武器や防具のスペックである程度補うことはできるかもしれないが、〈ワールド〉が、アバターのステータスに大きく依存しているのは動かしがたい事実だ。


 ちなみに神薙は全てのステータスをきっちり平均的に上げていた。

 その理由は『真の戦いの場所は〈ジェニュエン〉であるから』に尽きる。

 HP、及びスキルゲージはともかく、ほかの五つのステータスでどれか一つに偏ってしまうと、〈ジェニュエン〉での動きに違和感を及ぼしかねないとう危惧が神薙にはあるのだ。


「気にし過ぎよ。もっとゲームを楽しめばいいのに」とアイヴィーは事あるごとに言うが、結局神薙はそれを聞き入れることなく今まで〈ワールド〉をプレイしてきた。


 そしてそれは〈ジェニュエン〉が消えてなくなるまで続く自分自身への制約――。


「ずあああああっ」

 

 号叫する巨体のオーク。

 同時に、血に飢えた猛牛かのように神薙に向かって突進してくる。

 振り上げる鉄槌がほんのりと黄色く光るが、それはウェポンスキル使用の証。


 さっそくか。


 縦に振り上げているのを見るに、左右のどちらかに避けるのは確定。

 そして左手に大盾とくれば、左に回避したのち、ブサえもん三世の右側面を斬りつけるのが定石。

 しかしそれは緑の亜人が通常攻撃をしてきた時に適用されるものであって、未知なるウェポンスキル相手にはおそらく最善手ではない。

 

 いや、将棋で言えば悪手――。


 そんな思考を過らせたとき、「超絶ウルトラアトミッククラッシャーッ!!」とスキル名を叫んだブサえもん三世の一撃が空気を裂く。


 センスもなければ無駄に長ったらしい名前だな、おい――と失笑しつつ、神薙は大きく左へと飛ぶ。

 次の瞬間、大気が振動して、オークの周囲二メートルの範囲で小規模、且つ連続的な爆発が起きた。

 

 定石通り攻めていればおそらく、二本目のHPゲージを三割ほどまで減らすことになっていただろう。

 それほどの威力を思わせる『超絶ウルトラ(以下略)』だが、かなりの距離を取った神薙には当然ダメージはない。 

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